2025年3月29日土曜日
気まぐれブログ〜2025年3月29日(土)〜東京は冷雨〜
2025年3月28日金曜日
気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年3月28日(金)〜せっちゃんから「桜便り」〜
この桜は、児童会館の横ですが、会館は、桜通りに面しています。
桜通りの桜は、まだ、蕾。
ここは、周りが、多摩丘陵の豊かな自然。居ながらにして、お花見が、できます。
町田自体、郊外地域。桜見出来るところが、沢山あります。
なおちゃんに、見て貰いたいだけの、桜写真、ブログに、載せなくてOKなのよ!
ナオちゃんに送られる写真は、必ずブログに載せて、ブログの数少ない読者にお見せします!不都合な内容なら公開しないけれど、空や雲やお花や、自然の美しさは共有よ!!!これからもよろしくね!!!〜ナオちゃんより〜
一寸先は闇3月28日(金)〜昨日3月27日の花たち〜
🌻これを書いているのは、3月28日午前7時前。ホモサピエンス世界を見回すと気分がすぐれませんが、2日もお休みしたので、今日は早起きしてパソコンの前に。百合と庭の写真を少しばかり。写真は昨日3月27日に写したものです。ユリは最終回、最後の1輪まで開花、えらいなあ!ハナニラは、盛り。スズランスイセンも、22日の1輪開花から5日目に満開、植え替えたら枯れてしまったかと心配していたアジサイの根本から瑞々しい緑の新芽が!
2025年3月25日火曜日
ユリが咲いた!ユリが咲いた!ピンクのユリが!
20日2輪開花
25日6輪全て開花。20日に開花した2輪のうち右側の花は、ちょっとくたびれてきたみたいですね。でも、17日に蕾だった6輪が全て開花してくれたなんて、本当に感激です!プレゼントしてくれた友人にも見てもらいました。彼女も感激!
2025年3月24日月曜日
せっちゃんちのお庭と、ナオちゃんちのお庭
🌻 昔々、今から60年以上も昔、東京学芸大学という、第二次世界大戦前は女子師範学校だったけれど戦後の教育改革で「東京学芸大学」となり、男女共学(なぜ女男共学といわないのかな?やっぱり男が先なのね😀)の当時は「新制大学」と言われてたと思う、その大学で、東京の高校卒の女子と信州の高校卒の女子が出会いました。ふたりはなぜか仲良しになり、それぞれの人生の終盤に来て、友情が復活!それがこの気まぐれブログの筆者のナオちゃんと、時々すてきな写真を投稿してくれるせっちゃんです。二人とも愛する夫に先立たれ、せっちゃんは子ども一家と暮らし、ナオちゃんは近くにいる子ども一家や妹一家に支えられながら一人暮らしです。せっちゃんとナオちゃんの説明が長くなってすみません。二人とも大学卒業後は、都内の小学校の教員として働き、今は年金暮らし。プライバシイ公開はこの辺にして今日はせっちゃんのお庭公開。敷地が広そうなお庭(二人ともそれぞれの家のは訪問は、してないのよ。)せっちゃんちのお庭には大木があるみたいね。我が家は草花中心です。では、最近送られたせっちゃんちのお庭の写真と我が家の早春を。
🌻 せっちゃんちのお庭です。クリスマスローズが素敵!🌻
2025年3月22日土曜日
一寸先は闇(気まぐれブログ)2025年3月22日(土)多少の違いはあるけれど、時がくれば
🌻 多少の違いはあっても、時がくれば芽を出し、花を咲かせる植物たちは、愛しい。今日3月22日、20日は春分、お彼岸の中日でしたね。春分も過ぎて、これからは、狭い庭も賑やかになっていくでしょう。まだかまだかと焦っているばあちゃんに「そんなに焦らなくても、数日の違いはあっても、生きている限り、芽を出し花も咲かせるから、呑気にかまえて見ていてよね!」という声が聞こえる。歳と共にせっかちになってるばあちゃんです。🙇
きょうは、「スズラン水仙」が開花しました。写真は午後3時過ぎのもの。
よく見ると、あちこちに蕾が見えています。
去年のアルバムを見ると、4月2日に咲き乱れる「鈴蘭水仙」の写真が載っています。今年も数日のうちに、下の写真のような」姿が見られるでしょう。
2025年3月20日木曜日
一寸先は闇(気まぐれブログ)2025年3月20日木曜日(春分の日)
2025年3月19日水曜日
一寸先は闇(気まぐれブログ)2025年3月19日(水)雪は雨に
🌻 このブログも「気まぐれ」ですが、天気も気まぐれ。今朝の様子では雪が積もるかなと思いましたが、お昼過ぎには雨に。
ホモサピエンスの世界では「気まぐれ」なんて呑気なことは言えない何とも恐ろしい変化!またしても、イスラエルがガザを攻撃!数百人の死者が!アウシュヴィッツの経験があるユダヤ人が、なぜ同様の虐殺をするのか、ほんとにホモサピエンスは恐ろしいと地球上の他の生き物たちは思っているでしょう。命を繋ぐために他の生き物の命をいただくことはしても、ホモサピエンスのような殺戮をする動物はいない。宇宙は、地球は、なぜホモサピエンスなどという怪物を生み出してしまったのか。
狭い庭の健気な植物たちを眺めながら、ホモサピエンス世界の狂気から目を逸らして、時を過ごすことにします。今日の写真は、友人からのプレゼントの百合と、庭の片隅にやっと咲き始めたハナニラ。
2025年3月14日金曜日
一寸先は闇〜2025年3月14日(金)〜2021年2月21日のブログ(NO.5)を再掲した2022年3月31日のブログ( NO.455 )を再掲〜
🌻 このところ、以前のブログの再掲が多くて恐縮ですが、読み返してみると、時は過ぎていても、書いてあることは今現在の私の気持ちと重なり、ホモサピエンス社会は、進歩どころか退歩しているように見えます、ということで、またまた以前のブログ再掲が多くなってしまいます。今回は、2022年3月13日のブログの再掲。この2022年3月13日のブログがまたまた2021年2月21日のブログの再掲なんですから、再再掲になるわけね。つまり2021年2月21日のブログを2022年3月13日に再掲し、そしてそれから3年後の今日、2025年3月14日に再再掲するわけです。4年も前のことなんて、カビが生えているんじゃないかと思われるかもしれませんが、教育界は、年々新しくなっていくかと思いきや、古くなるのではなく、得体の知れないものになっていくみたい。ホモサピエンスがどんどん生き物でなくなり、機械の一部みたいになっていく、そんな2025年の春です。そんな現在に、4年も前のブログを再掲することは、無意味かも。でも、私の気持ちとしては、大事にしたい内容なので、ごめんなさい!
NO.455 人権意識ゼロ!
🌻 2022年3月13日(日曜日)午前1時 🌻
考えていたら眠れなくなって起き出して書いています。昨日(3月12日)の東京新聞朝刊7面に大きく「不合理な校則5項目全廃」という記事が。5項目の中に、「下着の色の指定」というのがあって、ひっくり返ったわ!今まで下着の色を指定していたわけ!?指定していた色って何色だったのかな?毎日服を脱がせて調べていたのかな?全くあまりにもバカバカしくて話にならない。あってはならない校則が何十年も放置されていたとは!人権意識ゼロ。校則関連で書いている、「一寸先は闇」の去年、2021年2月21日の記事を再掲します。
NO.5 「黄色い髪」(2021年2月21日)
* 「東京新聞購読やめるのをやめた!」と言った途端に2日続けて東京新聞の記事を取り上げるなんて。きょうは「こちら特報部」(今後は略して「こち特」と書きます)の、「本音のコラム」(前川喜平)。コラムのタイトルは「髪の色は個人の自由だ」
それでまたまた恐縮だが、私の以前の新聞投稿を引用する。2017年11月17日(金)毎日新聞投稿欄「みんなの広場」に掲載された<「黄色い髪」を読んでください>だ。
<12日に日曜版の松尾貴史さんの「ちょっと違和感」(東京本社版)や「みんなの広場」の大学生の投稿「がんじがらめの校則に疑問」を読んで、干刈あがた著「黄色い髪」(1987年12月、朝日新聞社)を思い出した。この本の274ページに「東京の区立中学で、制服とか髪型規制なんかなくて、体育祭も文化祭も生徒の自主運営でやっている学校があるんだそうです」という箇所がある。この学校は東京都杉並区に実在する公立中で、当時、亡夫が勤務していた。久しぶりに亡夫の遺品から84年3月(亡夫退職の年)のその中学の卒業アルバムを取り出した。クラスごとの記念写真、3年間の授業や学校行事、修学旅行などすべての写真に写っている生徒たちのカラフルな服装。33年前にこんな公立中学が存在したのに、なぜ今頃頭髪検査だの黒く染めろだのスカート丈規制だのというばかげたことが行われているのか。このような校則のある学校の先生方には、ぜひ「黄色い髪」をお読みいただきたいと思う。>
「黄色い髪」から34年、私の投稿が載ってからも4年後の今年、いまだに前川さんのコラムにあるようなことがまかり通っている。全く話にならない。
🌻 以上が去年の「一寸先は闇」2月21日の記事です。そして、ようやく1年後の今年、2022年3月12日に、「不合理な校則5項目全廃」の記事が。ちょっとまった、「不合理」というが、そもそも校則とは何だ!?「合理的な校則」ってあるのか?
🌻 3月13日日曜日午後7時を回りました。
校則のことでもう一言。私は制服絶対反対です。衣食住は基本的人権。学校から制服を押し付けてはならない。制服が必要なのは軍隊や警察など、またスポーツで同じチームだあることがわからないと困る場合、私立の学校などで、その学校であることを宣伝したい場合。公立学校でその学校であることを宣伝することは必要ない。むしろ今のように公立学校が序列化されていると制服で偏差値いくらの学校のように見られないとも限らない。大迷惑だ。衣服、髪型その他、持ち物など、個人に属するものを校則で決めつけるなど絶対にしてはならない。私は82年の人生で、ただの一度も「制服」を着たことも着せられたこともない。本当に良かったと思う。
時刻: (2022 年 3月13日)
🌻 ややこしい投稿でごめんなさいね。つまり、今日、 2025年3月14日(金)の内容は、2021年2月21日No.5を再掲した2022年3月13日No.455の再掲だったというわけです。ブログを始めてから5年めの今年、やめようか続けようかとあれこれ思い悩んで、けっきょくまあ、友人知人への「何とか生きています」というお知らせの意味もあって、現在2025年3月14日まで来たということです。今後はどうなりますことやら、何ともいえませんが、時々覗いてくださればありがたいと思います。2025年3月14日(金)も、午後5時を回りました。それではまた。
2025年3月12日水曜日
一寸先は闇〜2025年3月12日(水)2回めの投稿です〜
🌻 2021年3月11日(木)のプロテアを再掲します 🌻
「タイトル」は「10年前の石原発言を忘れない」ですから、「石原発言」は2011年のこと、つまり東日本大震災が起きた年です。そのとき、都知事だった石原慎太郎の発言です。
🌻 プロテアNo.25. 10年前の石原発言を忘れない(2021年3月11日〜木)
* きょう、3月11日は東日本大震災から10年目ということで、メディアは様々なことを伝えているが、あのとき私が一番怒ったのは石原慎太郎都知事の「天罰・我欲」発言だった。当時の日記を読み返したら、3月14日の項に、大文字で「石原の天罰発言!」と「原発炉心溶けている!」との記述がある。当時の朝日新聞デジタルを以下に。
朝日新聞DIGITAL
「大震災は天罰」
「津波で我欲洗い落とせ」
石原都知事
2011年3月14日19時34分
石原慎太郎・東京都知事は14日、東日本大震災に関して、
「日本人のアイデンティティーは我欲。
この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。
やっぱり天罰だと思う」と述べた。
都内で報道陣に、大震災への国民の対応について感想を問われて答えた。
発言の中で石原知事は
「アメリカのアイデンティティーは自由。
フランスは自由と博愛と平等。
日本はそんなものはない。我欲だよ。物欲、金銭欲」と指摘した上で、
「我欲に縛られて政治もポピュリズムでやっている。
それを(津波で)一気に押し流す必要がある。
積年たまった日本人の心のあかを」
と話した。一方で「被災者の方々はかわいそうですよ」とも述べた。
2011年3月15日12:41の 日本経済新聞サイトによると
14日の発言について、「言葉が足らずに被災者の皆様、
国民、都民を深く傷つけたことをおわびし、発言を撤回する」と述べた。
*
今でも、日常茶飯事といっていいほど、政治家や官僚や権力者と言われる人物の発言が批判されるごとに謝罪したり撤回したりされるが、最初に口から出た言葉こそ、その人物の本音なのだ。批判されてから撤回や謝罪などしても、「覆水盆に返らず」だ。謝罪や撤回をした口の下で本音は(うるさいから、謝っておきゃいいんだろ。そのうち忘れるだろう)じゃないのか。
メディアや私たち国民は決して忘れてはならない。
時刻: 3月 11, 2021
🌻 ここからは、現在 2025年3月12日(水)午後4時過ぎの私の発言です。今、世界中を引っ掻き回している「トランプ」という人間がいる。なんであんな人物を大統領にしたんだ!と腹が立つけれど、今思えば、「石原慎太郎」みたいな人物を東京都知事にした、当時の都民の多数派も同じですね。
🌻 それにしてもトランプ!!!彼を選んだ人たちは、今、どんな気持ちでいるのかしらね。
2025年3月7日金曜日
一寸先は闇〜2025年3月7日(金)不純な天候ですね(春の天気は変わりやすい)
🌻 本当に変わりやすいお天気!今日は青空で暖かいけれど、午後はどうなるかな。さっき庭に出てみたら、白い水仙がもう一本茎を伸ばして咲いていました。早速最初の一本と一緒に切り取ってお仏壇に飾りました。
お正月に飾った千両の葉がまだ、生きています。本当に植物は健気です!
🌻 2021年3月7日(4年前ですね)のプロテアを見たら、以下の記事が。
「庭のハナニラが咲き始めました。あちこちに見られる、珍しくもない花ですが、よく見ると可愛い。でも、今日みたいに暗く寒い日は、元気が出ない私です。」
4年前の私は元気が出なかったみたい😂 今年も、4年前とは別の意味で、あまり元気は出ません。庭の小さな花たちと向き合うときは元気ですが、何よりも、「ホモサピエンス」の体たらくぶりを見ているとね。でも、少しずつ、トランプのいい加減さが、世界の人々に伝わりつつあるようですから、まあ、もう少し気長に待ちましょう。トランプみたいな人間が長持ちするはずないから。それにしても何で、あんなどうしようもないやつを大統領にしてしまったのかなあ。もちろんプーチンも許せないけれど、トランプのダメさとは違うと思う。まあ、85歳ボケかかったばあちゃんが、何をほざいても、意味ないけれどね。もう少し早く、メルケルさん全盛の頃に、あるいはメルケルさん退陣のころに、いっしょに消えたかったなあ。「安楽死」を認めてくれる国に住みたかったなあ。 いずれにしても、現在の本音は「長患い」はしたくないということです。
今日のブログは、支離滅裂。私は気分屋というか、お天気が悪いと生きていたくないなあなんて思い、今みたいに青空が広がっていると「生きていてよかった」何て思う、やっぱりかなりな「ボケばあちゃん」ですね。では、このへんで。
2025年3月3日月曜日
一寸先は闇〜2025年3月3日(月)〜今日2回めのお出ましです😂〜
🌻 今日はひな祭り。世の中は嫌な話ばかりですが、ひな祭りという言葉は聞くだけで、気持ちが和らぎます。そんなことを思いながら、4年前2021年2月19日のブログの再掲を。
「一寸先は闇 2021年2月19日金曜日」
1903年生まれ、118歳のお雛様
ブログ名変更しました「ばあちゃんのひとりごと」を「一寸先は闇」に変えました。理由は、「ばあちゃんのひとりごと」というブログがたくさんあるみたいなので,変えることに。悪しからずご了承くださいね。人生本当に「一寸先は闇」ということが多いというのが81年生きてきての実感です。
*「2月は逃げる」というが、今年もはや2月19日。冬至の頃からみると我が家の二階から見える日の出の時刻は30分あまり早くなり、日の出の位置も随分 東寄りになった。あと2週間足らずで3月3日、雛祭りがやってくる。81歳、一人暮らしのばあちゃんにとっても、雛祭りは心弾む日だ。
* 私は1939年11月26日東京高田馬場で古本屋の娘として生まれた。6年後1945年5月25日に東京山手大空襲。空襲直前に、かろうじて父の故郷、信州佐久の山村に疎開していて、命だけは助かったけれど、沢山の書籍、家財道具や衣類など身の回りの品々は、家とともに焼け落ち、私の初節句の7段飾りの豪華なお雛様も灰になってしまった。
* 1946年4月国民学校に入学(翌年教育関係法律改正で、国民学校は「小学校」と改名。私のお雛様は戦争で全焼した家と共に灰に。お雛様のないことが悲しく、自分で折り紙のお雛様を作ったりしていた。中学1年の夏休みのこと、母に連れられて小学生の弟と妹も一緒に、群馬県勢多郡宮城村にある母の実家に行った。お雛様がないという私の嘆きを聞いた祖母が、蔵から「お前の母さんの初節句のお雛様だよ。」と言って大きな箱に収まった一対のお内裏様を出してきた。1902年10月生まれの母の初節句といえば1903年3月。50年以上も昔の話だったが、大切にしまわれていたのか、昨日買ってきたばかりのように綺麗だった。祖母の言うことに、「おなみ(母の名前)は長女だったから、前橋まで出かけて京都から取り寄せてもらったんだよ」とのことだった。母も半ば忘れていたようで、大喜び。もちろん私も嬉しく、その箱を押し抱いて意気揚々と帰ってきた。高校を卒業し、大学進学で上京するまで、毎年3月3日は、母のお雛様を飾って盛大にひな祭りをした。
* それから幾星霜、夫も逝き、子どもは皆東京に出て一人になった母は1984年、初節句のお雛様とともに東京杉並の我が家に来た。その2年後あの世に旅立ち、私の夫も2004年6月29日逝ってしまった。一人になった私だが、3月3日のひな祭りは、母のお雛様とともに祝ってきた。今年も、もうすぐひな祭り、118歳のお雛様と楽しいひな祭りをしようと思っている。
(写真は118歳のお内裏様。ちょっとボケてしまってすみません)
〜一寸先は闇 〜2025年3月3日(月)寒いひな祭りです
昨日は暖かく、今日は冷たい雨、夜には雪になるかもと落ち着かない春のお天気。庭に出てみたら、白い水仙が咲いていました。黄水仙に気を取られているうちに一株ひっそりと。
黄水仙全開
😓 他人のことをあれこれ言えない。私もかなりボケばあちゃんです。3月1日は忘れてはいけない日なのに、通過してしまいました。



















