2026年6月24日水曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月23日

 🌻 ただ今、2026年6月23日(火)午前11時を回りました。去年(2025年)のブログを読み返し、長文ですが再掲します。

 🌻 6月は何と言っても沖縄問題、60年安保闘争、亡夫の最後の日々。

 鉄の暴風」と言われた沖縄への米軍の総攻撃と沖縄日本軍そして人民が筆舌につくし難い状況の中で、命を落とした。太平洋戦争末期、なんども「ギブアップ」のチャンスはあった。1945年2月には、事実上敗戦だったにもかかわらず、最高司令官つまり天皇の裁可がなかった。それから5ヶ月の間に、同盟軍のイタリアとドイツもがギブアップしたにもかかわらず、天皇の裁可はなく、8月の広島長崎への原爆投下を経て、ようやく8月15日の「終戦の詔」となった。

 歴史にたらればはないというけれど、1945年2月から8月15日までの間に、数回の「ギブアップ」のチャンスがあったのに逃し、広島、長崎への原爆投下という最悪の状態を経て、ようやく終戦(敗戦)を認めた。その時、沖縄が最も酷い状況にあったのに、その沖縄をアメリカに差し出し、それから80年を経た現在でも、沖縄の犠牲は続いている。そればかりか「辺野古問題」という、なお一層ひどい犠牲を強いられている。

 私は1939年〜元号は日頃無視しているが、戦前の話なのであえて元号でいうと「昭和14年」〜11月26日生まれなので、太平洋戦争の話は、いわば歴史上のこと。しかし、おぼろげには戦時中や敗戦直後のことを覚えている。敗戦(終戦)の1945年8月15日は、満5歳と8ヶ月と20日、つまり3ヶ月と11日後には満6歳の誕生日という時だった。

 そんな幼児だったのに、多分、周りの大人達が口にした言葉を今でも覚えている。「鬼畜米英」「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ」 昔のことの多くを忘れている今になって、忘れたほうがいいことを覚えている。しかし、現在、我が国がアジア各地を侵略し、米英を相手に大戦争をしていたことなど、すっかり忘れたり、故意に忘れようとしたり、忘れたふりをしている、そんな輩がたくさんいるから、やっぱり、醜い過去をしっかり覚えておくことが大事だと思う。そうそう♪出てこいミニッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄に逆落とし♪という歌もあったよ。

 太平洋戦争での東京大空襲で九死に一生を得て、戦後の貧乏、空腹の中で、それでも大学に。奨学金、家庭教師のアルバイト、などなどで暮らす中での60年安保闘争と思い起こす中で、6月15日が巡ってくる。6月15日はなんの日?と聞いて、現在の日本人の中ですぐにあの日だと言える人は何人いるのだろう。

 自分だって日頃は忘れているのに偉そうに言うなよと、どこからか叱声が聞こえる。全くその通り!まかり間違えば、私の人生だって、そこで終わっていたかもしれないのに忘れるとは?!このことについては後日また書くことにします。

 いつも同じ結論になってしまうのが、残念というか申し訳ないというか、そんな気持ちですが、やっぱりホモサピエンスは進歩でなく退化しているような気がします。今日6月10日の毎日新聞夕刊(4版)には、EU(欧州連合)の欧州議会選挙で、右派、極右2会派が躍進という記事が載っている。やれやれ、世界中が世界戦争にでもなるんじゃないかという恐れの中にいる時に、EUという、私の認識ではどちらかというと良識派に見えるその議会選挙で、右派や極右が躍進とは!!!ホモサピエンス全体の劣化はかなり進んでいるとしか思えない

 2004年6月29日に夫は旅立った。それからもう20年。64歳の私が84歳になったこの20年の日々。千の風になって大空から地球を見下ろしているであろう亡夫に問いたい!「そちらからは、地球の現状がどう見えるのかしら」と、「現在のこんな悲惨な地球にいなくてあなたは良かったわね、私も早く千の風になりたいな」と言いたい。

 📗 「サンデー毎日」6月9日号に高橋和巳の豊穣な物語世界という記事が載っている。高橋和巳懐かしいなあと思って書棚を探したら2冊が見つかった。まだ何冊かあるはずだけれど、まず見つかった2冊をパチリ!あの頃私は若かった!(ここまで去年〜2024年6月23日のブログ)

 💢 再掲した去年のブログに「ホモサピエンス全体の劣化はかなり進んでいるとしか思えない。」と書いた私だけれど、まさか1年後に、第3次世界大戦の恐怖が現実のものになることまでは、予想し得なかった!ホモサピエンスはどこまで堕ちていくのか。

 📕  今年の6月8日のブログで紹介した本<🌻 毎日新聞 6月6日(金)夕刊 <特集ワイド>で、取り上げられた人と彼の著書のこと。書名 「ガザ 戦下の人道医療援助」著者名 萩原   健  発行 ホーム社  発売 集英社  この本の著者、萩原さんは、国際NGO・国境なき医師団(MSF)の現場活動責任者。>手に入れました。おすすめです。というより、人間として知らなくてはならない現実だと思います。




2026年6月21日日曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月21日(日)今日は父の日


🌻 風蘭が咲きました!数ある庭の木々や草花の中で、亡夫が最も慈しんだ花です。夫の郷里山口県の親戚から分けていただいて庭に移植。今私が住んでいる家と同じ50年の年月を我が家の庭で過ごしてきました。今年はなかなか花芽が見えず、とうとう亡くなったのかと心配していましたが、けさ純白の花が咲いているのを発見!よかった!岩にへばりついていて、肥料や水やりなど全くせず、自然にお任せなので、今年はついにさよならかと思っていました。でも、今日、父の日に咲いてくれました。亡夫も喜んでいるでしょう。

父の日の今日は、夏至でもあります。明日からだんだん日が短くなるのかと思うと、ちょっと寂しい気もしますが、我が家の小さな庭は、これからも季節の花々が咲いてくれます。

🌻  話変わって、「茨木のり子」さん。東京新聞6月3日夕刊3面に <生誕100年(1926年6月12日誕生)没後20年(2006年2月17日没)>という、大きな記事が載りました。私は彼女の大ファンです。手元にある、彼女の著書の写真を載せます。

彼女の詩は、どれもこれも好きですが、最も気に入っているのは、「自分の感受性くらい」という詩。その6節ある詩の最後の一節です。

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ

全文載せたいのですが、以前「著作権問題」に触れると言われたことがあって、新聞記事や本の内容などを載せるのは問題があると言われ、それ以後、注意しています。もし未読の方は、図書館や書店でご覧になるといいと思います。



2026年6月16日火曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月16日(火)

 🌻 ただいまの時刻は6月16日(火)午後10時を回ったところです。先ほど関東地方で地震がありましたね。大したことはなかったようですが、やっぱり地震は気持ち悪いです。このあとまた揺れるかもしれないなと思うと、今夜はまともに寝るわけには行かないかなあと思っています。ホモサピエンス社会があまりにもいいかげんなので、自然界も怒っているのかも。

今夜は地震が来ないことを願って、おやすみなさい!(2026年6月16日22時17分)


2026年6月15日月曜日

6月15日という日

🌻 現在は2026年6月15日、午後10時を回りました。🌻

 🌻 まず去年2025年6月15日のブログ再掲。                     2025年6月15日、現在時刻は17時になろうとしています。6月15日は何の日でしょうか。私にとっては1960年に「樺美智子さん」が権力に虐殺された日として心に焼きついています。しかし、例えば現在、国会議員としてで活躍している人々の何人が6月15日は何の日と問われて、即座に「樺美智子さんが虐殺された日」と答えるでしょうか。ということで、昨年の6月14日のブログの再掲をします。

2024年6月14日(金)〜6月15日のこと〜

 🌻 前号で、6月15日は何の日と書いたけれど、もちろん1960年の安保闘争で権力に踏み潰された「樺美智子さん」の命日です。私は、そのことをあちこちで喋ったり、書いたりしてきましたが、安保闘争の最中、国会議事堂前の全学連と警官隊の衝突の中に確かに私はいました。その時、少し先の方で東大生の樺美智子さんが命を落としたのです。まかり間違えば、私だったかもしれません。

 後年、私は、歌詠みだった父(1899~1979) の歌集「涓流」のなかに次の歌が載っているのを見つけました。「安保闘争」というタイトルで7首の短歌が載っているその中に、次の二首が。

 警棒にて逃ぐる学生を搏つシーン樺さん殺さるるところは映さず(テレビのニュースを見て詠んだのだと思います)

 安保まもる警官に踏み殺されし樺美智子さんの写真に紅き薔薇をささげぬ(新聞に載った写真を切り抜いたのでしょう)

 大学生時代の私は、父とは疎遠でした。安保闘争の最中、樺美智子さんが命を落としたその時その数メートル後ろにいた私は、学生が踏み殺されたという叫びを聞いていたと思います。64年後の今となっては、「確かに聞いた」のか「聞いていたと思う」のか、その辺りは定かではありませんが、とにかく踏み殺された樺さんの近くにいたことは確かです。後年、父の歌集に上記の歌を見つけるまで、父と安保闘争について語り合うことも、父がこんな歌を詠んでいたことも知りませんでした。

 思えば、父は若かりし頃、ちょうど大正デモクラシーと言われた時代、左翼運動に心惹かれたようなことを聞いたことがあったなあと思い出します。上記歌集の中に

追求はアナーキズムよりマルクスにひたすらなりき我が青春期  なんていう一首もあります。

 さて、明日は6月15日ですね。2024年の6月15日はどんな日になるのかしら。

 ヤブカンゾウの蕾が色づき始め、紫陽花の色が綺麗です。

(以上2024年6月15日の再掲です)


🌻 話は2025年現在に戻ります。2025年6月15日(日)午後5時を回りました。雨も上がって、夕陽が眩しいくらいです。去年のブログにある「ヤブカンゾウ」は、今年はまだ、ようやく蕾が膨らみ始めたところです。色づくのはもう少し先になるでしょう。

 樺美智子さんと言っても、現在の大学生の多くは「誰のこと?」というのではないかしら。「60年安保闘争は遠くなりにけり」ということでしょうか。20歳の私が85歳のかなりボケボケのばあちゃんになったのですからね。でも、2024年のブログに書き留めておいて良かったなあと思います。記憶は、どんどん薄れていきますが、書き残したものを読めば、当時の様子が目に浮かびます。父の若かりし頃のことなども、日頃は思い出すこともないのですが、アルバムや、ブログを読み返すことで記憶が蘇ります。2025年6月15日のこのブログを、1年後に元気で読み返すことができればいいなあなどと思いながら、書いています。今年の藪萱草が咲くのはいつかな。

 🌻 2024年、2025年と2年続けて6月15日についての記事を再掲しました。これを書いている今現在は2026年6月15日22時を過ぎたところです。1960年の安保闘争からすでに66年が経ち、20才の私は、86才のおばあちゃんになりました。樺美智子さんが警官隊に踏み殺された時、殺されたのは、すぐ後ろにいた私だったかもしれないと思うと、66年経った今も言葉にならない気持ちが込み上げてきます。

 🌻 86才のおばあちゃんになった私ですが、考え方や感じ方は、20才の頃とあまり変わっていないと、自分では思っています。トランプ、ネタニヤフ、高市などに対する反感は、20才当時、反安保闘争を戦っていた頃の感情と同じ。それにしても、安保闘争を経て、教員になって「勤務評定反対闘争」を経験し、平和憲法のもとで教師として思う存分働くことができたことを思うと、今現在のホモサピエンス社会の有り様は、全く予想外。人間がほとんど機械の一部になってしまって、精神はどこかに行ってしまった。どう頑張ってもあと数年でこの世からオサラバする身だから、そんなに深刻にならなくてもいいのかもしれないが、人間が機械の一部になっていくこれからは、どんな世界が出現するのか、こわいけれど見てみたい気もします。(2026年6月15日22時25分)


2026年6月13日土曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月13日(土)6月7日以来1週間も寝ていた?!

 🌻 全くこの前とおんなじです!!!この前、6月7日の書き出しは

『「気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月7日(日)5月26日以来!11日間も寝ていた?!」』

でしたね!そして、それから1週間後、今日6月13日(土)の「気まぐれブログ」は、またもや   1週間も寝ていました。毎日暇を持て余すほど、何もすることのない86才独居老人の私なのに、どうしてブログを投稿しないで1週間も過ぎてしまうのか、自分でもわかりません。本当に何をして暇を潰しているのかしら。今現在思い起こしてみると、一番時間をかけているのは、家の模様替えかなあ。と言っても、家具の置き場をちょっとずらしたり、書棚の本を入れ替えてみたりするだけ。あとは、テレビで古い映画を見たり、庭に出て写真を撮ったり。そんなことで1日が過ぎていくのかなあ。あまりにも非生産的な時の過ごし方ですねえ。そして気がつけば、未読の本がどんどん溜まり、庭の雑草が伸び放題だったり。

 

、言い訳をしているうちに今日6月13日(土)も、すでに午後3時を回りました。日本も世界もホモサピエンス社会は、どうしようもないほどグチャグチャになっているのに、私はぼんやり時を過ごしている。時間の無駄遣いと思うけれど、致し方ないですね。残り少ない人生なのに、こんなにぼんやりしていていいのかなと思うこともあるけれど、でもまあ、残りの日々を人様に迷惑をかけないように、なんとか日々を過ごしていけばいいかなと、昔の私から「なにやってるの!!!」と叱られるでしょうね。ということで、「暇つぶし麻雀」で勝った写真を。

娘の連れ合い「てっちゃん」(すばらしいひとです!)が、パソコンに入れてくれた「麻雀ソフト」で、毎日遊んでいます!

きょうもなんかいも 遊びました。他のゲームもそうでしょうが、パソコン相手でも、本当にあっという間に時が過ぎていくのです。昼過ぎから始めてあっという間に夕方という感じ。本当にいいことを教えてもらいました。トップを取るまでやっていて、その写真を保存してます。一人暮らしでも、退屈する暇はありません。


2026年6月7日日曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月7日(日)5月26日以来!11日間も寝ていた?!

 🌻 日毎に「ボケばあちゃん」が進んでいるようで、我ながら「恐ろしい」やら「困惑やら」86才半の現実を突きつけられています。でも、ジタバタしても仕方がないことで。どうしても「ひとり暮らし」が無理という状況になったら、「施設暮らし」を考えましょう。失敗を重ねながら、ブログ投稿をしたり、パソコン麻雀を楽しむことができるうちは、結婚以来暮らしたこの家で頑張ります。この家の住人は日毎にボケていきますが、庭の木々や草花たちは元気で、たった一本残った白百合と、中庭から玄関先に植え替えた紫陽花が咲いてくれました!何の世話もしないのにありがとう!



 
   



2026年5月26日火曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月26日(火)きょうのルリちゃん(上)。(下)は19日

                                  
19日に、ルリちゃんが咲きましたと大喜びしたら、なんと、今日26日には、タワーのような姿で咲いていました!本当に植物は裏切らないですねえ!
それに比べて、ホモサピエンスは情けない。
特に、今現在の世界の権力者たちの有り様は、本当に情けない。
それから「天皇制問題」思うことたくさんありますが、結論からすると「天皇制は必要なし」です。

 

2026年5月25日月曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月24日(日)昨日は結婚記念日

 🌻 はるか昔、1970年5月23日、私は結婚。昨日は、56回目の結婚記念日。と言っても、夫はすでに22年前に千の風になってしまいました。

 22才の秋、東京学芸大学4年生の私は、都内の公立中学で教育実習。そこで村田先生に出会って、その先生の教育観、教育実践に魅了され、なんとしてもその秋の東京都の教師採用試験に合格しなければと思いました。でも、中学国語教師の枠は少なく、合格倍率は10倍余り、とても受かる自信はありませんでした。その時、そんな悩みを相談した村田先生から、「どうしても受かりたいという執念が大事だ。初めから、とてもダメだという態度では、受かるものも受からない」と叱咤激励され、その気で臨んだ採用試験に受かったのでした。それ以来、村田先生への敬意は、ますます強くなりました。しかし、それから8年後、30才の春に村田先生と結婚することになろうとは、全く想像もつかないことでした。

 人生というものは、ほんとうに思いもよらない道を辿るものです。結婚した時の村田先生には、小学生の女の子が二人いました。その後、様々な出来事があり、現在、村田先生没後22年、彼の娘二人のうち、お姉ちゃんは亡くなり、妹は、結婚して都の公立中学校の英語教師でしたが、すでに定年退職、二人の娘(村田先生の孫娘ですね)はそれぞれ公務員生活。

 私が村田先生と結婚してからすでに半世紀以上の時間が過ぎて、日本も世界もすっかり変わりました。過ぎてしまえばあっという間、しかし、今現在のホモサピエンス社会の有り様は、村田先生に出会った半世紀以上も前には、全く想像もできなかった姿です。ちょっとしたきっかけがあれば、世界戦争が起きそうな恐ろしさを感じます。

 現在の世界の指導者たちは、トランプ大統領を筆頭に、私が若い頃知っていた人々から見るとあまりにも酷いという気がします。なかでも日本の高市首相は、酷過ぎ。やることなすことあまりにも情けない。日本で最初の女性首相が、これほど程度が低いとは、後の世からも、「酷かったね!」と言われるのでは。今は亡き「おたかさん」が懐かしい。

 結婚記念日の話からそれましたが、世の中の有り様を予想するのは難しい。人間社会が進歩していくのなら話はわかるが、全く思いもよらない悪い方向に変わっていくのを見るのは辛く情けない。ともかく、全世界を破壊できるほどの核兵器を持つ国が、他国の核兵器を否定するなど、あまりにも自分勝手。アメリカ自身が核兵器を破棄してから、他国の核兵器を非難するならわかるが、「吾輩は核兵器を持つ権利あり。お前はダメだ。」などという理屈は通らない。ジャイアンとのび太みたいな話だね。でも、現実社会には、ドラえもんはいない。広島長崎を経験した日本の首相こそ、世界の核廃絶の先頭に立つべきなのに、世界第一の核大国の大統領に媚態をもってすり寄るのだから話にならない。広島長崎の犠牲者をチラッとでも思ったか!?ともかく、世界の指導者たちに言いたい。今すぐ、全世界の核兵器を廃棄し、2度と核兵器が使われることのない世界に向けて、死に物狂いの努力をせよ!!!

 今、夫が存命ならば、このホモサピエンス社会の有り様をなんというかしら。今現在の世界各国のリーダーたちは、自国をそしてホモサピエンス社会の未来をどうのように考えているのだろう。すべての国の核兵器を破棄し、ホモサピエンスのみならず、地球のすべての生き物が、生存を脅かされることのないようにしなければならない。地球という奇跡の星に生まれたすべての生き物、動物も植物も自分の命を全うすることができるような、そんな地球にすることがホモサピエンスに課せられた使命だ。「戦争」などという野蛮な方法は即刻捨て去ることだ。

結婚記念日に私がしたことは、書斎の整理整頓。書棚のごちゃごちゃや、書斎がまるでガラクタ置き場のようになっていたので、あれこれ思案の末に片付けた結果です。書籍のほとんどは、夫の遺産で、私自身は未読です(😭)。私は多分このまま千の風になり、大空の彼方で夫に「まったくもう」と呆れ顔をされることでしょう。写真は書斎(蔵書)の一部です。


2026年5月19日火曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月19日(火)ルリトウワタが咲きました!


 🌻 5月17日の芍薬の姿。10輪のうち、1輪は落ちて葉と一緒に置いてありますが、まだ残る9輪
はがんばっています!うっかり花びらに触ると落ちてしまいそうなので、自然に落ちるまで、そのままにしておきます。残る9輪全てが下に落ちるのはいつかしら。枯れた姿で花瓶に置いておくのもどうかなあと思うけれど、やっぱり自然に任せます。

生き生きとした10輪の花束が我が家に来たのは5月7日でしたから今日で10日です。よく頑張っていますね!

🌻 玄関ホールで、今日19日の芍薬の写真を撮って、庭に出てみてビックリ!!!庭のあんまり目につかないところに、懐かしい空色の花が。そうです、あの「ルリトウワタ」です。         今年はもうおしまいになっちゃったのかと諦めかけていたのに。やっぱり生きていてくれた。そして、時が来たらちゃんと咲いてくれたのです。本当に、なんといたらいいか。人間は簡単に裏切るけれど、植物はうらぎらない!健気です!かわいいです!
*ルリとうわた(瑠璃唐綿)ちゃんが、初めて我が家に来た日、」2021年7月15日のブログには、
『砂利の間から見慣れない葉が伸びてきて、2021年7月15日見たら花が咲いていた。』とあります。 
この後も毎年咲いてくれたのに、今年2026年には、姿が見えませんでした。                ところが、今日、2026年5月19日(火)、なんと2輪咲いていたのです!本当に健気!ありがとう!
 
           

2026年5月12日火曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月12日(火)5月12日の芍薬

今日5月12日(火)
最初の1輪が散りました。
9輪の豪華な花と散った花びら、

わかりますか。

 これは、5月10日(日) 母の日当日に、10輪全てが満開になったすがたです。

花に心があるようです。

ほんとに惚れ惚れするような

10輪の芍薬!

そして、きょう、

もう、お役目果たしたわねというかのように

最初の1輪が散りました。

15輪満開の下の写真と比べてみると、今日散ったのはどれかお分かりになると思いますが、いかがでしょう。物言わねど、心があるのね、そんな気がする芍薬たちです。



86才独居ばあちゃんの母の日前後は、本当に幸せ。けれど、ホモサピエンス社会は、史上最悪と思える様相を呈している。こんな有り様を見ずに、22年前に逝った愛する夫が羨ましい!

夫は公立中学の社会科教師として一生を過ごしました。太平洋戦争が敗戦で終わり、日本社会は暗澹たる様相の中、東京大学法学部卒業。二人の親友の一人は弁護士に、もう一人は裁判官になりましたが、夫は、大人のための裁判官や弁護士よりも、子どもたちの人権を守りたいと言って、公立中学の社会科教師になったのでした。当時の東大総長は「南原繁」先生で、夫は先生に可愛がっていただき、先生のご著書「母」(南原先生がご自身のお母様について語った名著)を、贈っていただきました。先生直筆のサインがあり、今現在その御本は私にとっての宝物です。



2026年5月9日土曜日

5月9日(土)のシャクヤク

 




左と右

同じ時刻にちょっと角度を変えてパチリ!
残る蕾は二つです。7日に届いた時は、開花はふたつでした。あっという間に次々開いて今日9日にはもう残る蕾は二つ。本当によく開きます。明日は10輪全て開花でしょう!

2026年5月8日金曜日

5月8日の芍薬(シャクヤク)


 
昨日は、開花が2輪、蕾が8輪だったシャクヤク、
今朝は、もう開花が7輪!蕾は後三つ。一晩のうちに五つの蕾が開いたのですね。じっと見続けたら、花弁がひとひらずつ開いていくのが見えるのかしら、などと想像するほど、一晩で開花。感嘆するほどの生命力!
でも、不思議なのは香りがないのです。こんなに大きなしかも八重の花なのに、香りがないのはなぜかしら。

子どもの頃住んでいた信州の家(父の故郷で、一族の庄屋だった)には、大きな庭があり、牡丹、芍薬、五葉松の大木やツツジ、サツキ、雪柳、また、梨や胡桃の木もあって、四季折々の花や果実を楽しみました。そんな家も庭もいまでは「故郷の廃家」。



2026年5月7日木曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月7日(木)ツツジが終わってサツキが

 🌻 ツツジもサツキもほんとにかわいい






















気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月7日(木)5月10日は「母の日」

🌻  小さな庭だけれど、亡夫の丹精のおかげで季節ごとに花々が咲いてくれ、その花の盛りの時期にやってくる母の日には、毎年娘(亡夫の実子ですが私とも法的にはむすめ)から見事な芍薬が届き、86才独居老人にとって、本当に恵まれた素晴らしい暮らしです。このようにパソコンで近況報告や庭の花々のお話ができるのは娘の連れ合い「てっちゃん」が、本当に懇切丁寧な「パソコンの先生」をしてくれるからです。ありがたいことです。また、近所に住む(といっても徒歩30分近くかかります)妹が、ほとんど毎朝、様子を見にきてくれるのです。ご近所から「いいご姉妹ですね」と言われています。そう言ってくださるご近所の方々にも、日頃から大変親切にしていただいています。大都会東京の杉並の地で、まるで生まれ故郷にいるような落ちついた安らかな暮らしができる私は、ほんとうに「幸せな独居老人」です。娘一家、妹一家、ご近所のみなさんに「感謝感謝」の毎日です。

 きょうも、例年と同じく母の日の花束が届きました。芍薬10輪!豪華です!玄関に!



         


       



2026年5月4日月曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月4日(月)あっという間に時は過ぎゆく

🌻  5月も早くも4日!ほんとに時の過ぎる速さに、自分の思考が追いつかない。いやでも「86才という年」を実感させられる。きのう「憲法記念日」だったが、今年の憲法記念日は、ことに大事な日になった。今の日本政府は、現在の憲法についてどう考えているのか、憲法の重要性を感じているのか、私が子どもだった頃「平和憲法」という言葉を教わったと思う。日本は2度と戦争はしないのだということがまず基本で「平和憲法」という言葉を覚えた。1948年(昭和23年)に公布・施行された祝日法によって制定された「憲法記念日」そのおかげで、小学校1年生になった時から86才の現在まで、戦争の恐怖のもとに生きるという体験をせずにすんだ。 

 しかし、吾が人生もいよいよ最終コーナーを回った2026年の現在、高市早苗というどうしようもない人物が首相に君臨し、崇高な「平和憲法」が蔑ろにされつつある。私の人生の幕引きのその日に、「空襲警報」などということになりかねない。とんでもないことだ。日本の憲政史上初の女性首相という現在、その女性首相第一号が、とんでもない不適切な人物だということは、全く話にならない。人間の歴史上、今が一番重要な時とも言えるその時に、世界中で、とんでもない人物たちが権力者の椅子に座っている。2度も原爆の被害を受けた日本こそが、世界平和実現に向かって先頭に立たなくてはならないというのに、高市なる人物が首相の座にあるとは、あまりにも嘆かわしい!

 私は、東京山手大空襲で生家が全焼した時5才だったのだが、二月ほど前にかろうじて父の故郷(長野県南佐久郡小海町)に疎開して、命だけは助かった。しかし、子ども時代の貧乏暮らしの中で「あの戦争さえなかったら」という両親の嘆きは心身に刻み込まれてきた。その心の傷はそのままに86年生きてきて、いよいよ吾が人生も終わりを告げる時が近いという今になって、「戦火」の恐怖が現実のものになろうとは!!!

2026年5月1日金曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月1日(金)〜今夜は満月〜

       5月の満月は「フラワームーン」というのだそうです。写真は5月1日19時27分の満月。

  我が家の2階から。

         
           花は、2枚とも、今日昼間の我が家の庭のセッコク。


 



2026年4月20日月曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年4月21日(火)午後7時

今朝、「これでおしまい」の投稿をしたその「舌の根」も乾かぬうちに、もう気が変わってまさに「朝令暮改」誠に恥ずかしい限りです。今朝の投稿は削除しました!もう、ご覧になった方には本当にもうしわけありません。あれこれの意見批評はやめにするのは本気ですが、やっぱり、庭の木々や花々の便りは、写真と共に残しておこうと思います。長いお付き合いの皆様には、まだなんとか生きていますよということも花々たちの姿と共にお知らせしておきたく、ブログの場を残しておこうと。  我ながら恥ずかしい!やっぱりかなりボケ婆さんです!!!       

      

    気を取り直して、上はクレマチス。秋には枯れ枝のような姿だったので、長年楽しませてもらったけれど、ついにおしまいかなと思っていたのに、なんと昨日の朝見たら大きな花が一つ咲いていたのです。植物の生命力に感激と驚きです!

  


2026年4月17日金曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年4月17日(金)せっちゃん便り

 <4月15日のせっちゃん便りです。> 

こちら、ずっしりとした、濃い桃色の、八重桜が、街路満開。

 この先は、横浜と、町田に、接する“子どもの国”の、豊かな、自然に、繋がります。


本日、4月17日(金) 善福寺川緑地公園のソメイヨシノは「葉桜」です。
我が家の庭はつつじが満開。上は「太陽ツツジ」と「紫蘭」下は「オオムラサキ」





2026年4月14日火曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年4月14日(火)心身ともに低調なり(心配無用です)

 




「心身ともに低調なり」なんていう酷いタイトルをつけながら、「心配無用です」なんていってる「プロテアリリコ」さんは、かなりおかしくなっているね。「低調」という表現がおかしいのですね。低調の原因は、大きいことではトランプを筆頭にホモサピエンス社会の権力者たちへの絶望 どう考えても、希望が持てない世界情勢、それでも、小さな庭に出てみれば、かわいい植物たちが、日毎に増えている。

冬の間、肥料や水やりもしないで、放っておいたのに、3月半ばから次々に、健気な姿を見せてくれている。福寿草、花韮、雪柳、 黄水仙、スズラン水仙が終わり、白花立浪草、カンパニュラータが満開、何年も前に友人からもらった「紫蘭」、この家は築50年になるけれど、同時に庭に植えたツツジ(「太陽ツツジ」「ドウダンツツジ」)、それぞれ大きくなって華やか。同時に雑草の種類も増えて手入れが追いつかない庭です。そうそう「山椒」の新芽も伸びてが咲いている、ということで、それぞれの写真を。(順不動、どの写真がどの花かわかりますか?)


2026年4月11日土曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年4月11日(土)早朝に投稿です☺️

 😢全く言い訳続きのこの人〜プロテアリリコばあちゃん〜😢

なんて言いながら、実は、ヘラヘラしながら「すんません」なんて言ってるみたいですね(😅)

ま、言い訳はこの辺にするとしても、実際、最近ものすごく物忘れがひどくなって、「笑い事じゃない!」感じ。今回は全くの私ごと。自分のための「備忘録」

今までいわゆるお年寄り(私の感覚では80代半ば過ぎの人)と、暮らしたことがなかった私です。父は79才、母は84才、長兄は85才、姉は91才、義兄は95才、とそれぞれまあ、天寿を全うと言う感じでしたが、最も長く共に暮らした夫は2004年77才で「千の風」になってしまいました。その時の私は 64才。それから22年が過ぎて、今の私は86才半ば、今年の11月26日には(生きていれば)87才!

84才の母は、亡くなる前1年ばかり私たち夫婦と同居していましたが、今思い出しても、かなり「ボケばあちゃん」でした。でも「かわいいボケ」で、悲しむより笑い出すことの方が多い言動でした。最後は入院中の病院で穏やかに迎えました。夫が亡くなるまでの私は、本当の一人暮らしの経験はありませんでした。親元を離れて大学生活を始めた18才から夫が「千の風」になってしまった64才までの間、ずっと家族や友人など、誰かと同じ屋根の下で暮らしていました。全くの一人暮らしとなったのは、夫が「千の風」になってしまった22年前からです。でも、この22年という月日は、私に劇的な変化をもたらしました。しかも「よくない変化」つまり「老化〜ボケ!」なんです。自慢じゃないけれど、まあよくも、こんなにボケるものねと感心(!?)するほどのボケぶりです。そんなこと自慢してどうする!このバカ奴が!

と、まあ本当に何が言いたいんですかね、プロテアリリコばあちゃんは!😅

86才という歳になって初めて、年齢相応の心身の状態を実感しています。84才で逝った母は、最後の1年余りを私たち夫婦と共に暮らしましたが、その時の母はかなりボケが進んでいました。86才になった今の私は、その時の母を思い出して、一人暮らしの自分を叱咤激励しなければ!と実感します。でも、この先、叱咤激励で済むかどうか、最近の自分の「物忘れ」のひどさが、かなり「心配」!!!最近のブログを見てくださっている方にお願いです。「ちょっとまずいな、気になるな」とお思いのこと、ぜひお知らせください。💖このあとしばらく休みますが、体調不良ではありませんのでご安心くださいね。


2026年4月8日水曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年4月8日(水)3月22日を最後に以後休眠の作者!?

🌻 人の世の動きは、理解し難い。でも、小さな庭の植物たちは期待に応えてくれる。今年も日々、元気な花々が鬱々としている私を慰めてくれる。

3月9日に、若い親友の死を書き、3月16日に庭の雑草と言われる花々の写真を載せ、3月22日にトランプベッタリの高市批判を書き、そして今日は、早くも2026年4月8日。17日間も全くボンヤリ過ごしていました。病気だったわけでもないのに、我がことながら本当に信じられない!今、4月8日午後4時30分、一文字書くのに何秒もかかっているうちに、あっという間に5時近い。

今、2026年4月8日17時3分〜NHKテレビのニュースでアメリカとイランの間で停戦合意と伝えている。しかし、今後の動きはわからない〜諸悪の根源は、トランプだ。そのトランプに向かって、しかも彼のファーストネームを使って「世界に平和をもたらすのは云々」などと、寝ぼけたことを言った日本の総理大臣!日本人であることをこの時ほど恥ずかしく、悔しく思ったことはない。しかもこの恥ずべき言葉を口にしたのが、日本で初の「女性」首相なのだから、全く呆れ果てる!天国にいる優れた女性政治家たちに、申し訳ない。

左の花、白いシクラメン、何回も登場しますが、去年の11月26日の 私の86歳を祝って、親友の恵子さんが送ってくれたのが今も元気です。現在、蕾は見られなくなりましたが、今まで咲いた花の数を数えなかったのが悔やまれます。何十輪と咲いたと思います。本当に元気な花です!私もシクラメンに負けずに、これからも元気に!


                    



お次は、いよいよサクラです。

3月29日の日曜日、我が家の2階からよく見える、東京都立善福寺川緑地公園、桜は満開、人出も満開でした。50年ほど前、今の場所に我が家を新築した時、公園の桜は「苗木」でした。いまは、伐採される株が増えてきて、二、三年後のお花見はどうなるのかなと思っています。我が家もいつまでもつのか、私自身も来年の花見ができるかどうか、怪しいものですが。まあ、先のことなどわからない「ケセラセラ」。

                        

   




      


3枚目の写真。この木は、来年は見ることができないでしょう。見るからに古木という感じで、このあと伐採されるようですから。でも、生きていることの証のように、太い幹に数輪の花が固まって、というより肩を寄せ合って咲いていました。私の目から涙の滴が落ちて、思わずスマホを向けてパチリ!
 この桜だけじゃない、来年は私自身だって、お花見ができるかどうかわからないわ。来年のことを言うとオニが笑うって、昔から言うでしょ。本当に、先のことはわかりませんね。このブログのタイトルも「一寸先は闇」ですから。86歳も4ヶ月を過ぎました。本当に明日のことはわかりません。この頃は、寝るときに、「今日も無事に終わったね。おやすみなさい。」と私自身に挨拶をしてベッドに。

2026年3月22日日曜日

日本の首相はトランプの私娼?

🌻 ネットであれこれ見ていたら、「高市はトランプの私娼か」という文を見つけた。今回のアメリカでの高市発言は、まさにその通りだなと納得!「私娼」という言葉を手元の広辞苑第七版確認した。

<「私娼」= 公の許可なく非合法的に営業する売春婦 なお、「私娼」の反対語は、

「公娼」= 公認された娼妓。これは、鎌倉時代に始まったが、1958年の「売春禁止法」によって廃止された。>

ともかく  世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」という、高市発言は、世界中の「笑いもの」となり、こんな人物が首相という「日本」という国も

世界中の笑いものにされているだろう

2026年3月21日土曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」高市発言に吐き気!!!!

2026年3月21日(土)

朝刊を読んですぐ投稿

💢💢💢😤😤😤

『世界中に平和と繁栄をもたらせるのは

ドナルドだけ』 

アメリカで高市日本国首相の口から出た言葉

💢💢💢😤😤😤

ここまで情けない、

恥知らずな発言があるか!!!

しかも真っ赤な嘘だ!

激怒激怒激怒!!!


2026年3月16日月曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2026年3月16日(月)庭の花

 


はなにら

葉っぱは「にら」ですね。花はかわいい。全然手入れはしないのですが、毎年、時期が来ると咲いてくれます。


2月28日に初めて登場した雪柳、今日は満開です!

華やかな姿で、庭を飾ってくれます。
ヒメオドリコソウ
2回目の登場。道端にあると踏み潰されそう。よく見ると本当に可愛い。




               

2026年3月11日水曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2026年3月11日(水)かぎりなく悲しい、辛い

😢  3月9日、以下のようなふざけ半分のブログ                  2026年3月9日月曜<気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2026年3月9(月)神様が私の命と引き換えに世界平和を保障してくれたら、命捧げます>をアップしていた時、半世紀以上もの長い間、確かな友情で結ばれていた、私より14年も若い友が、この世を去っていたのでした。

😢 「さっちゃん」 富岡幸子さん(出会った時は「宮川さん」)2026年3月9日(月)午前11時 逝去 1953年11月20日生まれ 

このブログは公開しているので、この記事が誰の目に留まるかわかりませんから、これ以上のことは書きませんが、、私より若い親友の死は、ことばもありません。

 長い闘病生活でしたが、最近は快方に向かっているのではという期待を持った矢先でした。

 3月11日20時を過ぎました。心が乱れていて、今はここまでにします。(2026年3月11日水曜日20時38分)

    

2026年3月9日月曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2026年3月9(月)神様が私の命と引き換えに世界平和を保障したら、命捧げます。

🌻 大袈裟な、ふざけたタイトルでしょうね!でも、まじめに、そんな気分なのです!ホモサピエンス社会の権力者たちのあまりにも酷い有様に、本気でそんな気持ちになっています。気が付けば、すでに3月9日の朝! ブログは4日が最後!5日から8日まで何ををしていたのか、生きていたのか死んでいたのか、86歳独居婆さんがグズグズしている間に、ホモサピエンス社会は、確実に滅亡に向けて歩を進めている。現実には、そんな馬鹿なことはないかに見えるけれど、現在のホモサピエンス社会のリーダーの有り様は、ホモサピエンスの滅亡へと向かっているように見えるのです。でも、私の命など捧げられても、神様の方が戸惑ってしまうでしょうね。                
 
今日、載せた道端の花。99%の人からは、邪魔な雑草として引き抜かれるかも。
我が家の庭と道路の境目の敷石の隙間から芽を出し、花を咲かせたのは、
ヒメオドリコソウホトケノザ命名の由来は、どうぞお調べになってね。











2026年3月4日水曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2026年3月4日(水)ホモサピエンスの語源は!?

🌻 まず<気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2026年3月3日(火)ホモサピエンスの終焉か>の再掲です。

 ほんとうは、今現在の世界情勢について書こうとしたのですが、頭の中はごちゃごちゃで、文章になりません。さきほど東京新聞と赤旗に両社の記事(東京は夕刊。赤旗は朝刊)への賛同の意見を電話しました。それが精一杯で、自分のブログに文章を書く力がない。とにかくアメリカ大統領の暴挙と、アメリカにきちんと物申せない日本政府がなさけない。今はこれを書くのが精一杯。2026年3月3日15時40分。(ここまで、3月3日のブログ再掲)

🌻 ここからは、3月4日です。まず、自分がよく使っている「ホモサピエンス」という言葉の意味を調べました。手元にある、

広辞苑7版 第三刷  岩波書店 2022年2月25日発行」には、

ホモーサピエンス【Homo sapiens、、】(知性人・叡知人の意)現生人類の学名。新人。

とあります。どう考えてもトランプにはあてはまりません。彼には「知性」も「叡智」も 感じられない!

 子どもの頃、アンネの日記を読んだり、オランダに行った時アンネの部屋を見たり、ユダヤ人へのヒトラーの蛮行に子どもながら怒りを燃やしたものです。そのユダヤ人の末裔が、ヒトラーに勝るとも劣らない蛮行をトランプという、金儲けしか頭にないような人間と手を組んで気に入らない相手に蛮行を!ともかく、ホモサピエンスに明日はない。この瞬間「オギャー」と元気な産声をあげてこの世に生を受けた新しい命が物心つく頃、地球という奇跡の星はどんな姿になっているのか、見てみたい気もするが、恐怖の方が勝ります。その地球を「恐怖の星」にしてしまった責任の一粒が私にもあるのかもしれない、そう思うとこの先どんな気持ちで生きていけばいいのか、ただただ恐怖しか感じられない。ひと足先に「千の風」なってしまった亡夫は、私の学生時代の尊敬する先生だった。「ホモサピエンス」そのものだった。彼の存命中は、夫でありながら、ずっと人間感や人生観についての先生だった。彼が千の風になってしまって、今年の6月29日は22回目の命日。夫亡き後「彼がいてくれたら!」と思うことがしばしばだったが、今日のこの世界情勢についてほど「切実」にそう思うことはない!どうしたらいいのか、どう考えたらいいのか!夢に出てきて教えて欲しい!

 ついこの前まで、花がさいた!空が綺麗だ!と花鳥風月に心奪われてきた私だが、これから先このブログは、どうしたらいいのか。またまた閉店か。


2026年3月3日火曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2026年3月3日(火)ホモサピエンスの終焉か

🌻 ほんとうは、今現在の世界情勢について書こうとしたのですが、頭の中はごちゃごちゃで、文章になりません。さきほど東京新聞と赤旗に両社の記事(東京は夕刊。赤旗は朝刊)への賛同の意見を電話しました。それが精一杯で、自分のブログに文章を書く力がない。とにかくアメリカ大統領の暴挙と、アメリカにきちんと物申せない日本政府がなさけない。今はこれを書くのが精一杯。2026年3月3日15時40分。

このあと、50年以上も昔の職場の同僚で親友から電話があって、30分ほど喋りました。それぞれ苦労の多い人生ですが、50年という時間が流れても、気持ちが伝わり毎日会っているような感じになるのが、ありがたく嬉しい!一人暮らしでのんびり暮らしている私に比べて、彼女は、夫と共に、家族親族に関して、さまざまに気を配る日々。本当に偉いなあと思います。でも、そんな彼女と話していると、一人暮らしの半ボケ婆さんの私も、人間としてしゃんとしなくちゃいけないなという気持ちになります。本当にありがたい存在!いつまでも元気でいてねと祈らずにはいられません。

庭は、日毎に春になります。

今日はひな祭り。我が家のお雛様は一対の内裏雛。亡き母(1902年10月30日生まれ)の初節句(1903年3月3日)に両親が買ってくれたものですって!ということは、2026年3月3日の今日は、このお内裏様の123歳のお誕生日ということになりますね!1903年3月3日の初節句にこのお内裏様を買ってもらった我が母は、1986年12月24日、クリスマスイブの夜「千の風」になりました。このお内裏さまが私の家にあるのは、我が故郷、信州の家で一人暮らしをしていた母が、最晩年に東京の私たち夫婦の家で暮らすことになったからです。いろいろ話し合った末、母の初節句の記念のお雛様を一緒に持ってきたのです。長い間母の実家(上州)にあったお内裏様でしたが、私のお雛様は1945年の東京山の手空襲で灰になってしまったので、上州の母の実家からもらってきたのでした。上州から信州に。そして信州から東京に。数奇な運命をたどったお内裏さまでしたが、最初の持主であった母の最期を看取り、その娘である私のもとで、静かに暮らしています。そして今日、2026年3月3日123歳の誕生日を迎えたのです。123歳とは思えぬ艶々と美しいお顔です!