🌻 ただいまの時刻は6月16日(火)午後10時を回ったところです。先ほど関東地方で地震がありましたね。大したことはなかったようですが、やっぱり地震は気持ち悪いです。このあとまた揺れるかもしれないなと思うと、今夜はまともに寝るわけには行かないかなあと思っています。ホモサピエンス社会があまりにもいいかげんなので、自然界も怒っているのかも。
この続きは、明日6月17日に。今夜は地震が来ないことを願って、おやすみなさい!(2026年6月16日22時17分)
🌻 ただいまの時刻は6月16日(火)午後10時を回ったところです。先ほど関東地方で地震がありましたね。大したことはなかったようですが、やっぱり地震は気持ち悪いです。このあとまた揺れるかもしれないなと思うと、今夜はまともに寝るわけには行かないかなあと思っています。ホモサピエンス社会があまりにもいいかげんなので、自然界も怒っているのかも。
この続きは、明日6月17日に。今夜は地震が来ないことを願って、おやすみなさい!(2026年6月16日22時17分)
🌻 現在は2026年6月15日、午後10時を回りました。🌻
🌻 まず去年2025年6月15日のブログ再掲。 2025年6月15日、現在時刻は17時になろうとしています。6月15日は何の日でしょうか。私にとっては1960年に「樺美智子さん」が権力に虐殺された日として心に焼きついています。しかし、例えば現在、国会議員としてで活躍している人々の何人が6月15日は何の日と問われて、即座に「樺美智子さんが虐殺された日」と答えるでしょうか。ということで、昨年の6月14日のブログの再掲をします。
2024年6月14日(金)〜6月15日のこと〜
🌻 前号で、6月15日は何の日と書いたけれど、もちろん1960年の安保闘争で権力に踏み潰された「樺美智子さん」の命日です。私は、そのことをあちこちで喋ったり、書いたりしてきましたが、安保闘争の最中、国会議事堂前の全学連と警官隊の衝突の中に確かに私はいました。その時、少し先の方で東大生の樺美智子さんが命を落としたのです。まかり間違えば、私だったかもしれません。
後年、私は、歌詠みだった父(1899~1979) の歌集「涓流」のなかに次の歌が載っているのを見つけました。「安保闘争」というタイトルで7首の短歌が載っているその中に、次の二首が。
警棒にて逃ぐる学生を搏つシーン樺さん殺さるるところは映さず(テレビのニュースを見て詠んだのだと思います)
安保まもる警官に踏み殺されし樺美智子さんの写真に紅き薔薇をささげぬ(新聞に載った写真を切り抜いたのでしょう)
大学生時代の私は、父とは疎遠でした。安保闘争の最中、樺美智子さんが命を落としたその時その数メートル後ろにいた私は、学生が踏み殺されたという叫びを聞いていたと思います。64年後の今となっては、「確かに聞いた」のか「聞いていたと思う」のか、その辺りは定かではありませんが、とにかく踏み殺された樺さんの近くにいたことは確かです。後年、父の歌集に上記の歌を見つけるまで、父と安保闘争について語り合うことも、父がこんな歌を詠んでいたことも知りませんでした。
思えば、父は若かりし頃、ちょうど大正デモクラシーと言われた時代、左翼運動に心惹かれたようなことを聞いたことがあったなあと思い出します。上記歌集の中に
追求はアナーキズムよりマルクスにひたすらなりき我が青春期 なんていう一首もあります。
さて、明日は6月15日ですね。2024年の6月15日はどんな日になるのかしら。
ヤブカンゾウの蕾が色づき始め、紫陽花の色が綺麗です。
(以上2024年6月15日の再掲です)
🌻 話は2025年現在に戻ります。2025年6月15日(日)午後5時を回りました。雨も上がって、夕陽が眩しいくらいです。去年のブログにある「ヤブカンゾウ」は、今年はまだ、ようやく蕾が膨らみ始めたところです。色づくのはもう少し先になるでしょう。
樺美智子さんと言っても、現在の大学生の多くは「誰のこと?」というのではないかしら。「60年安保闘争は遠くなりにけり」ということでしょうか。20歳の私が85歳のかなりボケボケのばあちゃんになったのですからね。でも、2024年のブログに書き留めておいて良かったなあと思います。記憶は、どんどん薄れていきますが、書き残したものを読めば、当時の様子が目に浮かびます。父の若かりし頃のことなども、日頃は思い出すこともないのですが、アルバムや、ブログを読み返すことで記憶が蘇ります。2025年6月15日のこのブログを、1年後に元気で読み返すことができればいいなあなどと思いながら、書いています。今年の藪萱草が咲くのはいつかな。
🌻 2024年、2025年と2年続けて6月15日についての記事を再掲しました。これを書いている今現在は2026年6月15日22時を過ぎたところです。1960年の安保闘争からすでに66年が経ち、20才の私は、86才のおばあちゃんになりました。樺美智子さんが警官隊に踏み殺された時、殺されたのは、すぐ後ろにいた私だったかもしれないと思うと、66年経った今も言葉にならない気持ちが込み上げてきます。
🌻 86才のおばあちゃんになった私ですが、考え方や感じ方は、20才の頃とあまり変わっていないと、自分では思っています。トランプ、ネタニヤフ、高市などに対する反感は、20才当時、反安保闘争を戦っていた頃の感情と同じ。それにしても、安保闘争を経て、教員になって「勤務評定反対闘争」を経験し、平和憲法のもとで教師として思う存分働くことができたことを思うと、今現在のホモサピエンス社会の有り様は、全く予想外。人間がほとんど機械の一部になってしまって、精神はどこかに行ってしまった。どう頑張ってもあと数年でこの世からオサラバする身だから、そんなに深刻にならなくてもいいのかもしれないが、人間が機械の一部になっていくこれからは、どんな世界が出現するのか、こわいけれど見てみたい気もします。(2026年6月15日22時25分)
🌻 全くこの前とおんなじです!!!この前、6月7日の書き出しは
『「気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月7日(日)5月26日以来!11日間も寝ていた?!」』
でしたね!そして、それから1週間後、今日6月13日(土)の「気まぐれブログ」は、またもや 1週間も寝ていました。毎日暇を持て余すほど、何もすることのない86才独居老人の私なのに、どうしてブログを投稿しないで1週間も過ぎてしまうのか、自分でもわかりません。本当に何をして暇を潰しているのかしら。今現在思い起こしてみると、一番時間をかけているのは、家の模様替えかなあ。と言っても、家具の置き場をちょっとずらしたり、書棚の本を入れ替えてみたりするだけ。あとは、テレビで古い映画を見たり、庭に出て写真を撮ったり。そんなことで1日が過ぎていくのかなあ。あまりにも非生産的な時の過ごし方ですねえ。そして気がつけば、未読の本がどんどん溜まり、庭の雑草が伸び放題だったり。
と、言い訳をしているうちに今日6月13日(土)も、すでに午後3時を回りました。日本も世界もホモサピエンス社会は、どうしようもないほどグチャグチャになっているのに、私はぼんやり時を過ごしている。時間の無駄遣いと思うけれど、致し方ないですね。残り少ない人生なのに、こんなにぼんやりしていていいのかなと思うこともあるけれど、でもまあ、残りの日々を人様に迷惑をかけないように、なんとか日々を過ごしていけばいいかなと、昔の私から「なにやってるの!!!」と叱られるでしょうね。ということで、「暇つぶし麻雀」で勝った写真を。
娘の連れ合い「てっちゃん」(すばらしいひとです!)が、パソコンに入れてくれた「麻雀ソフト」で、毎日遊んでいます!
きょうもなんかいも 遊びました。他のゲームもそうでしょうが、パソコン相手でも、本当にあっという間に時が過ぎていくのです。昼過ぎから始めてあっという間に夕方という感じ。本当にいいことを教えてもらいました。トップを取るまでやっていて、その写真を保存してます。一人暮らしでも、退屈する暇はありません。

🌻 はるか昔、1970年5月23日、私は結婚。昨日は、56回目の結婚記念日。と言っても、夫はすでに22年前に千の風になってしまいました。
22才の秋、東京学芸大学4年生の私は、都内の公立中学で教育実習。そこで村田先生に出会って、その先生の教育観、教育実践に魅了され、なんとしてもその秋の東京都の教師採用試験に合格しなければと思いました。でも、中学国語教師の枠は少なく、合格倍率は10倍余り、とても受かる自信はありませんでした。その時、そんな悩みを相談した村田先生から、「どうしても受かりたいという執念が大事だ。初めから、とてもダメだという態度では、受かるものも受からない」と叱咤激励され、その気で臨んだ採用試験に受かったのでした。それ以来、村田先生への敬意は、ますます強くなりました。しかし、それから8年後、30才の春に村田先生と結婚することになろうとは、全く想像もつかないことでした。
人生というものは、ほんとうに思いもよらない道を辿るものです。結婚した時の村田先生には、小学生の女の子が二人いました。その後、様々な出来事があり、現在、村田先生没後22年、彼の娘二人のうち、お姉ちゃんは亡くなり、妹は、結婚して都の公立中学校の英語教師でしたが、すでに定年退職、二人の娘(村田先生の孫娘ですね)はそれぞれ公務員生活。
私が村田先生と結婚してからすでに半世紀以上の時間が過ぎて、日本も世界もすっかり変わりました。過ぎてしまえばあっという間、しかし、今現在のホモサピエンス社会の有り様は、村田先生に出会った半世紀以上も前には、全く想像もできなかった姿です。ちょっとしたきっかけがあれば、世界戦争が起きそうな恐ろしさを感じます。
現在の世界の指導者たちは、トランプ大統領を筆頭に、私が若い頃知っていた人々から見るとあまりにも酷いという気がします。なかでも日本の高市首相は、酷過ぎ。やることなすことあまりにも情けない。日本で最初の女性首相が、これほど程度が低いとは、後の世からも、「酷かったね!」と言われるのでは。今は亡き「おたかさん」が懐かしい。
結婚記念日の話からそれましたが、世の中の有り様を予想するのは難しい。人間社会が進歩していくのなら話はわかるが、全く思いもよらない悪い方向に変わっていくのを見るのは辛く情けない。ともかく、全世界を破壊できるほどの核兵器を持つ国が、他国の核兵器を否定するなど、あまりにも自分勝手。アメリカ自身が核兵器を破棄してから、他国の核兵器を非難するならわかるが、「吾輩は核兵器を持つ権利あり。お前はダメだ。」などという理屈は通らない。ジャイアンとのび太みたいな話だね。でも、現実社会には、ドラえもんはいない。広島長崎を経験した日本の首相こそ、世界の核廃絶の先頭に立つべきなのに、世界第一の核大国の大統領に媚態をもってすり寄るのだから話にならない。広島長崎の犠牲者をチラッとでも思ったか!?ともかく、世界の指導者たちに言いたい。今すぐ、全世界の核兵器を廃棄し、2度と核兵器が使われることのない世界に向けて、死に物狂いの努力をせよ!!!
今、夫が存命ならば、このホモサピエンス社会の有り様をなんというかしら。今現在の世界各国のリーダーたちは、自国をそしてホモサピエンス社会の未来をどうのように考えているのだろう。すべての国の核兵器を破棄し、ホモサピエンスのみならず、地球のすべての生き物が、生存を脅かされることのないようにしなければならない。地球という奇跡の星に生まれたすべての生き物、動物も植物も自分の命を全うすることができるような、そんな地球にすることがホモサピエンスに課せられた使命だ。「戦争」などという野蛮な方法は即刻捨て去ることだ。
結婚記念日に私がしたことは、書斎の整理整頓。書棚のごちゃごちゃや、書斎がまるでガラクタ置き場のようになっていたので、あれこれ思案の末に片付けた結果です。書籍のほとんどは、夫の遺産で、私自身は未読です(😭)。私は多分このまま千の風になり、大空の彼方で夫に「まったくもう」と呆れ顔をされることでしょう。写真は書斎(蔵書)の一部です。