2025年6月30日月曜日

気まぐれブログ「パソコン麻雀本日は調子よし!」〜2025年6月30日(月)〜

 🌻 高価なパソコンの使い道は「麻雀遊び」と「気まぐれブログ」投稿というのでは、「パソコン」に申し訳ないですね!しかしまあ、そのおかげで???いわゆる「認知症」にはなっていないようですので、ご勘弁を。使っているソフトは、初心者向けなのであんまり威張ることはできないけれど、今日は最初の試合でダントツ「トップ」になったので、ブログに残しておくことにしました。自画自賛になりますが、麻雀遊びは、引きこもりの私にとっては「ボケ防止」の方法として最高です!家で一人で遊べる麻雀ソフトを入れてくれた「娘の連れ合い」に感謝!感謝!




気まぐれブログ「一寸先は闇」〜2025年6月30日(月)〜

 🌻 今、パソコンに向かっているのは、6月30日(月)です。書いておこうと思っているのは、昨日のこと。昨日は、亡夫の21年目の命日でした。2004年6月29日午後2時42分、彼は「千の風」になって大空に旅立ちました。願わくば、いっしょに「千の風」になりたかった!そう思いながら、そんな思いを抱きながら、早くも21年の時が流れました。64歳の私も85歳のボケばあちゃんです。夫の絶筆は、2004年5月30日「療養日誌」に書いた「私宛の人生最後の言葉」です。それは日常持ち歩いているバッグの「貴重品入れ」に入れて「肌身離さず」持ち歩いています。気持ちを伝える方法として、やっぱり「ことば」を書き記すことは本当に大事だとしみじみ思います。命尽きるひと月前に書かれた言葉は、乱れた字であってもこれこそ真実の愛の言葉だと読むたびに思います。私自身は、このような命の終わり方ができるかどうか、何とも言えません。ですから、日頃お世話になっている人々に、遠くにいる友人知人親族に、気持ちを伝えておかなくてはいけないなと思います。こんなつたないブログを発信しているのも、そんな方々へのお礼の気持ちもあります。常日頃、そのような方々に「お礼の気持ち」を抱いて暮らしています。本当にたくさんの人々に支えられている人生!ありがとうございます。

🌻 昨日の命日には、亡夫の娘と孫娘がお参りに来てくれました。仏前に備える豪華な花束と共に。娘は高校の英語教師を定年退職し、孫娘は千葉県庁に勤める公務員。亡夫の日記帳に彼女が初めて自転車に乗って闘病生活をしているおじいちゃんの家までお見舞いに来てくれたと嬉しさいっぱいの記録があります。気持ちを書き残すことの大切さを思います。カメラワークが下手で申し訳ないのですが、娘母子からの花束の写真を。









2025年6月25日水曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」〜2025年6月25日(水)庭の花3種

💐ヤブカンゾウ 藪茗荷 紫露草 💐



                          


今日の花の名前を訂正しますね!
ノカンゾウと書いたのは間違いで八重咲のは藪萱草ですって!
我が家のは八重咲なので、藪萱草ですね

2025年6月23日月曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」〜2025年6月23日「沖縄慰霊の日」〜

🌻 ただ今、2025年6月23日(月)午前4時、去年のブログを読み返し、長文ですが再掲します。

  🌻 6月は何と言っても沖縄問題60年安保闘争亡夫の最後の日々。

 鉄の暴風」と言われた沖縄への米軍の総攻撃と沖縄日本軍そして人民が筆舌につくし難い状況の中で、命を落とした。太平洋戦争末期、なんども「ギブアップ」のチャンスはあった。1945年2月には、事実上敗戦だったにもかかわらず、最高司令官つまり天皇の裁可がなかった。それから5ヶ月の間に、同盟軍のイタリアとドイツもがギブアップしたにもかかわらず、天皇の裁可はなく、8月の広島長崎への原爆投下を経て、ようやく8月15日の「終戦の詔」となった。

 歴史にたらればはないというけれど、1945年2月から8月15日までの間に、数回の「ギブアップ」のチャンスがあったのに逃し、広島、長崎への原爆投下という最悪の状態を経て、ようやく終戦(敗戦)を認めた。その時、沖縄が最も酷い状況にあったのに、その沖縄をアメリカに差し出し、それから80年を経た現在でも、沖縄の犠牲は続いている。そればかりか「辺野古問題」という、なお一層ひどい犠牲を強いられている。

 私は1939年〜元号は日頃無視しているが、戦前の話なのであえて元号でいうと「昭和14年」〜11月26日生まれなので、太平洋戦争の話は、いわば歴史上のこと。しかし、おぼろげには戦時中や敗戦直後のことを覚えている。敗戦(終戦)の1945年8月15日は、満5歳と8ヶ月と20日、つまり3ヶ月と11日後には満6歳の誕生日という時だった。

 そんな幼児だったのに、多分、周りの大人達が口にした言葉を今でも覚えている。「鬼畜米英」「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ」 昔のことの多くを忘れている今になって、忘れたほうがいいことを覚えている。しかし、現在、我が国がアジア各地を侵略し、米英を相手に大戦争をしていたことなど、すっかり忘れたり、故意に忘れようとしたり、忘れたふりをしている、そんな輩がたくさんいるから、やっぱり、醜い過去をしっかり覚えておくことが大事だと思う。そうそう♪出てこいミニッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄に逆落とし♪という歌もあったよ。

 太平洋戦争での東京大空襲で九死に一生を得て、戦後の貧乏、空腹の中で、それでも大学に。奨学金、家庭教師のアルバイト、などなどで暮らす中での60年安保闘争と思い起こす中で、6月15日が巡ってくる。6月15日はなんの日?と聞いて、現在の日本人の中ですぐにあの日だと言える人は何人いるのだろう。

 自分だって日頃は忘れているのに偉そうに言うなよと、どこからか叱声が聞こえる。全くその通り!まかり間違えば、私の人生だって、そこで終わっていたかもしれないのに忘れるとは?!このことについては後日また書くことにします。

 いつも同じ結論になってしまうのが、残念というか申し訳ないというか、そんな気持ちですが、やっぱりホモサピエンスは進歩でなく退化しているような気がします。今日6月10日の毎日新聞夕刊(4版)には、EU(欧州連合)の欧州議会選挙で、右派、極右2会派が躍進という記事が載っている。やれやれ、世界中が世界戦争にでもなるんじゃないかという恐れの中にいる時に、EUという、私の認識ではどちらかというと良識派に見えるその議会選挙で、右派や極右が躍進とは!!!ホモサピエンス全体の劣化はかなり進んでいるとしか思えない。

 2004年6月29日に夫は旅立った。それからもう20年。64歳の私が84歳になったこの20年の日々。千の風になって大空から地球を見下ろしているであろう亡夫に問いたい!「そちらからは、地球の現状がどう見えるのかしら」と、「現在のこんな悲惨な地球にいなくてあなたは良かったわね、私も早く千の風になりたいな」と言いたい。

 📗 「サンデー毎日」6月9日号に高橋和巳の豊穣な物語世界という記事が載っている。高橋和巳懐かしいなあと思って書棚を探したら2冊が見つかった。まだ何冊かあるはずだけれど、まず見つかった2冊をパチリ!あの頃私は若かった!(ここまで去年〜2024年6月23日のブログ)

💢 再掲した去年のブログに「ホモサピエンス全体の劣化はかなり進んでいるとしか思えない。」と書いた私だけれど、まさか1年後に、第3次世界大戦の恐怖が現実のものになることまでは、予想し得なかった!ホモサピエンスはどこまで堕ちていくのか。

📕  今年の6月8日のブログで紹介した本🌻 毎日新聞 6月6日(金)夕刊 <特集ワイド>で、取り上げられた人と彼の著書のこと書名 「ガザ 戦下の人道医療援助」著者名 萩原   健  発行 ホーム社  発売 集英社  この本の著者、萩原さんは、国際NGO・国境なき医師団(MSF)の現場活動責任者。>手に入れました。おすすめです。というより、人間として知らなくてはならない現実だと思います。




2025年6月18日水曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」〜2025年6月18日(水)

 🌻 毎年同じ頃、さまざまな草木の芽が出て、同じような花が咲き、実がなるのだけれど、全く同じということはない、そこが動物も植物も「生きているもの」の特徴ですね。本当に不思議で本当に面白い。今は、草木が日に日に成長する時期で、毎朝庭に出て眺めるのが楽しい。ムラサキシキブの花が日に日に増えて可愛い。

花は紫というよりピンクに近いけれど、花が終わった後の実は、本当に紫!紫式部というネーミングにピッタリ!秋が待たれます!

















🌻 小さな庭の、お馴染みの草木、ここ何年も新人を迎えていないので、何だか家族みたいな気がする。人間は裏切るけれど、植物は裏切らない。今もテレビのニュースは、イスラエルの暴挙を伝えている。イスラエルがこんな暴挙に出たのも、トランプという味方を得たからだ。トランプもネタニヤフも早く消えてしまえ。

2025年6月17日火曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」〜2025年6月17日(火)

🌻  落ち着かない最近のお天気ですが、21日土曜日は「夏至」。あっという間に1年も半分過ぎていく。空の色、公園の木々の緑、庭の小さな花たち、どれを見ても心癒される日々なのに、奇跡の星地球に蔓延る「ホモサピエンス」の有り様は、言葉に言い表せない醜さ冷酷さバカさ加減。トランプやネタニヤフ、プーチンなどなどが消えても、きっと、次々に同じような輩があらわれるでしょうね。地球は、ホモサピエンスだけのものではないなんて、今更いうのも腹が立つけれど、どうしてこんなことになってしまったのか。ホモサピエンスだけが、一瞬にして消え去ったら、地球は平和になるでしょうねきっと。美しい日の出前の空を眺めながら、そんなことを考えているボケばあちゃん。2025年6月17日の夜明け前。

     2025年6月17日4時17分2階から見た日の出前の東の空

        今日の東京の日の出は、4時25分



2025年6月15日日曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年6月15日(日)〜

 🌻 2025年6月15日(日)現在時刻は17時になろうとしています。6月15日は何の日でしょうか。私にとっては1960年に「樺美智子さん」が権力に虐殺された日です。

 しかし、例えば現在、反自民政党で活躍している人々の何人が6月15日は何の日と問われて、即座に「樺美智子さんが虐殺された日」と答えるでしょうか。私自身ともすれば記憶が薄れていきそうです。ということで、昨年の6月14日のブログの再掲をします。

2024年6月14日金曜日

再開ブログNO.25〜2024年6月14日(金)〜6月15日のこと

 🌻 前号で、6月15日は何の日と書いたけれど、もちろん1960年の安保闘争で権力に踏み潰された「樺美智子さん」の命日です。私は、そのことをあちこちで喋ったり、書いたりしてきましたが、安保闘争の最中、国会議事堂前の全学連と警官隊の衝突の中に確かに私はいました。その時、少し先の方で東大生の樺美智子さんが命を落としたのです。まかり間違えば、私だったかもしれません。

 後年、私は、歌詠みだった父(1899~1979) の歌集「涓流」のなかに次の歌が載っているのを見つけました。「安保闘争」というタイトルで7首の短歌が載っているその中に、次の二首が。

警棒にて逃ぐる学生を搏つシーン樺さん殺さるるところは映さず(テレビのニュースを見て詠んだのだと思います)

安保まもる警官に踏み殺されし樺美智子さんの写真に紅き薔薇をささげぬ(新聞に載った写真を切り抜いたのでしょう)

 大学生時代の私は、父とは疎遠でした。安保闘争の最中、樺美智子さんが命を落としたその時その数メートル後ろにいた私は、学生が踏み殺されたという叫びを聞いていたと思います。64年後の今となっては、「確かに聞いた」のか「聞いていたと思う」のか、その辺りは定かではありませんが、とにかく踏み殺された樺さんの近くにいたことは確かです。後年、父の歌集に上記の歌を見つけるまで、父と安保闘争について語り合うことも、父がこんな歌を詠んでいたことも知りませんでした。

 思えば、父は若かりし頃、ちょうど大正デモクラシーと言われた時代、左翼運動に心惹かれたようなことを聞いたことがあったなあと思い出します。上記歌集の中に追求はアナーキズムよりマルクスにひたすらなりき我が青春期

なんていう一首もあります。

  さて、明日は6月15日ですね。2024年の6月15日はどんな日になるのかしら。

 ヤブカンゾウの蕾が色づき始め、紫陽花の色が綺麗です。

(以上2024年6月15日の再掲です)

🌻 話は現在に戻ります。2025年6月15日(日)午後5時を回りました。雨も上がって、夕陽が眩しいくらいです。去年のブログにある「ヤブカンゾウ」は、今年はまだ、ようやく蕾が膨らみ始めたところで、色づくのはもう少し先になるでしょう。

 樺美智子さんと言っても、現在の大学生の多くは「誰のこと?」というのではないかしら。「60年安保闘争は遠くなりにけり」ということでしょうか。20歳の私が85歳のかなりボケボケのばあちゃんになったのですからね。でも、2024年のブログに書き留めておいて良かったなあと思います。記憶は、どんどん薄れていきますが、書き残したものを読めば、当時の様子が目に浮かびます。父の若かりし頃のことなども、日頃は思い出すこともないのですが、アルバムや、ブログを読み返すことで記憶が蘇ります。2025年6月15日のこのブログを、1年後に元気で読み返すことができればいいなあなどと思いながら、書いています。今年の藪萱草が咲くのはいつかな。


2025年6月10日火曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年6月10日(火)カワセミです!!!


 
写真をようくご覧くださいませ!河岸にただずんで、じっと水面を見つめている私がお分かりでしょうか。私の名前は「カワセミ」です。梅雨の晴れ間の2025年6月9日お昼前、東京都杉並区成田西の善福寺川の辺りで羽を休めました。そんなに長い時間ではないのに、よくこのひと時をカメラに収めてくださいましたね。さて、ひとやすみのあと、私はどこにとんで行ったのでしょう。

というわけですが、この素晴らしい瞬間をカメラに収め、プロテアリリコばーちゃんにメールで送ってくれたのは、私のパソコンの先生です。何年もパソコンに向かっているのに、相変わらず週に何度も躓いて、sosを出すリリコばあちゃんですが、その都度、懇切丁寧に教えてくれる先生です。85歳半のポンコツばあちゃんがパソコンをいじるなんて、そもそも大いなる誤算ですが、先生は本当に懇切丁寧に教えてくださいます。おかげさまでポンコツ婆ちゃんの独居生活が、楽しいものになっています。感謝感激!!!ことに今日のカワセミの写真は、この年になるまで見たことがない!まさしく「冥土の土産」!本当にありがとうございます!!!

2025年6月8日日曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」〜2025年6月8日(日)〜昨日のブログに書いた本の注文とメルケルさんの自伝購入

🌻 昨日、以下のようなブログ(文字色黒の部分)を投稿しました。早速お馴染みの書店に行って、この本を取り寄せてもらうことにしました。12日以降入荷とのことですので、楽しみです。

 🌻 毎日新聞 6月6日(金)夕刊 <特集ワイド>で、取り上げられた人と彼の著書のこと。

書名 「ガザ 戦下の人道医療援助」

著者名 萩原   健

発行 ホーム社

発売 集英社

この本の著者、萩原さんは、

国際NGO・国境なき医師団(MSF)の現場活動責任者。

この記事には萩原さんの写真も、彼の「書かずにはいられないこの怒り」という言葉も載っています。ぜひ新聞そのものを入手されることをお勧めします!

私はまだこの本を購入していないので、早速書店に行って手に入れるつもりです。「国境なき医師団」の活動を、かねてから尊敬していて、年に何度かカンパをしています。まさに「貧者の一灯」ではありますが、心から尊敬しているということを形に表しています。

国境なき医師団に参加している人もいれば、幼子や病人、飢えを凌ぐわずかな食糧を求めて集まる人々をを平気で空爆している人もいる。とても同じ人間として括れない。人間という生き物は、一体何なのだ! 

🌻 早速お馴染みの書店(阿佐ヶ谷駅前「八重洲ブックセンター」)に行って、取り寄せてもらうことにしました。12日以降入荷とのことですので、楽しみです。帰りがけに店内を一回りしたら、大好きなメルケルさんの「自伝」(書名は「自由」上下2巻)が積んであったので、早速購入して帰りました。

2025年5月28日 初版発行

著者/アンゲル・メルケル

訳/長谷川(はせがわ) 圭(けい)  柴田(しばた)さとみ

発行/株式会社KADOKAWA

定価:本体2500円(税別)




2025年6月7日土曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」〜2025年6月7日(土)〜毎日新聞6月6日(金)夕刊「特集ワイド」より

 🌻 毎日新聞6月6日(金)夕刊 <特集ワイド>で、取り上げられた人と彼の著書のこと。

書名 「ガザ 戦下の人道医療援助」

著者名 萩原 健

発行 ホーム社

発売 集英社

この本の著者、萩原さんは、国際NGO・国境なき医師団(MSF)の現場活動責任者。

 この記事には萩原さんの写真も、彼の「書かずにはいられないこの怒り」という言葉も載っています。ぜひ新聞そのものを入手されることをお勧めします!

私はまだこの本を購入していないので、早速書店に行って手に入れるつもりです。「国境なき医師団」の活動を、かねてから尊敬していて、年に何度かカンパをしています。まさに「貧者の一灯」ではありますが、心から尊敬しているということを形に表しています。

国境なき医師団に参加している人もいれば、幼子や病人、飢えを凌ぐわずかな食糧を求めて集まる人々をを平気で空爆している人もいる。とても同じ人間として括れない。人間という生き物は、一体何なのだ! 

上記の本を手に入れたら、またブログで報告します。(2025年6月7日〜土曜日)

2025年6月6日金曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2025年6月6日(金)

😦🙇 まあまあ何ということでしょう、ぼうっと過ごしているうちに、6月も6日になっている!やっぱり、認知症いりぐちかなあ。まあ、嘆いていてもしかたがないわね。でも、昨日は、、忘れないうちにと真面目に、銀行に行って「固定資産税」を1年分全額納入してきました。今まで気に留めなかったのですが、税金をコンビニで収めることができるのね。いくら何でも、コンビニのレジで固定資産税を納めるなんて、そんなことできないなあ。今まで何十年も固定資産税を納入してきたけれど、銀行での納入は初めて。去年までは税務署で納めてきた。築50年の古い家に住んでいても、固定資産税の税額はびっくりするほど高い!まあ、それはそれとして、そのうち知らせが来ても固定資産税納入を忘れちゃうなんてことが起きるかも。そうなったらアウトね。この秋86歳になる私ですが、いつまで一人暮らしがこなせるやら。認知症以外の病気や怪我で独居生活ができなることも考えなくてはね。独居生活に区切りをつけることは、人生最後の大仕事ですね。そんな住民の嘆きをよそに、庭の植物たちは、頑張っています。今朝は、いよいよダメかと思っていた「風蘭」になんと花芽が二つあるのを発見しました!この風蘭は、亡夫が初めてこの地に家を建てた時(いまから70年前!)に故郷(山口県)の親戚からわけてもらったものだそうです。つまりこの「風蘭」は私より20年も前から、この庭に住んでいたのです。それにしても、植物の生命力には頭が下がります。 写真、上の2枚は、去年の6月22日の姿。3枚目が、今朝見つけた風蘭の花芽です。去年のように咲いてね!!!