2025年12月30日火曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇、2025年12月28日、そして30日いよいよ明日は大晦日〜

 

庭掃除の後はパソコン麻雀。2025年12月28日の麻雀は、第1ゲームから調子が良い。

今年はこの麻雀ソフトでよく遊んだ。相手が人間じゃないから気楽。今年も後3日を残すのみ。一人暮らしで個人的には大きな変化はなかったけれど、国内国外、ホモサピエンス社会は、いろいろな出来事があった。しかも、良い話はなく、腹立たしいことが多かった。世界のいわゆる「指導者」、それぞれの国のリーダーたちは、ますます劣化していくようだ。やっぱり、ホモサピエンス社会全体に賞味期限キレが近づいてきたのかも。ホモサピエンス亡き後は、一体どんなイキモノがこの地球という星の支配者になるのかな。恐竜が蘇ったりするのかな。あるいは他の星から地球征服者が来るのかな。100年後の地球を見てみたいな。ここまで書いて、寝てしまいました(😢)


ここからは、12月30日(火)の夕方、5時過ぎに書きました。
12月の16日に蕾を見つけた水仙。
25日に最初の1輪が開花、今日、30日には2輪目が咲きました。本当に健気だなあと感心します。肥料などやったこともなく、毎年、咲いた後は、ほったらかしなのに、よく咲き続けてくれる。ありがとう!

今年も後1日、大晦日を残すのみ。過ぎてしまえば、本当に時の経つのは早いなあと思います。

午後、娘がお正月を迎えるお花を持ってきてくれました。素敵です!!!
❤️亡夫の写真と一緒に❤️      (亡くなる半年前2004年1月7日、喜寿77歳の誕生日、娘手作りのバースデイケーキと一緒に撮った写真です。すでに病気療養中ではありましたが、半年後に千の風になってしまうなんてとても信じられない元気な笑顔です。)

2025年12月25日木曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年12月25日(木)

🌻  恥晒しの2025年12月25日!しかしこれが私の本当の姿🙇)

🌻 朝令暮改、まったくどうしてこんなに落ち着かないのか。ブログというものを始めてから今までに、何度閉店、再開店を繰り返したか。一応、公開はしていても多分読者は友人家族などごく少数だからと、甘えて、全く文字通り「気まぐれ」いい加減なことの繰り返しでした。ほんとにすみません。今後は「宣言」はしません。本当の本当に、気まぐれでなく「おしまい」というときには、きちんとお知らせします。その時がいつくるかわかりませんが、86歳という歳を思えば、そんなに先のことではないと思います。それまでは、時々覗いていただければありがたいと思います。きょうは、2024年の最終回に、何を書いていたのかと思って取り出してみました24年(つまり去年です)は、12月27日「本当にこれで店じまいです」と書いています。

🌻 気まぐれブログ〜2024年12月27日(金)本当にこれで店じまいです(笑)

 😂 出たり引っ込んだり、また出たり、全くなんともお恥ずかしい次第でしたが、本日2024年12月27日(金)、ほんとうに店じまいといたします。長いことお付き合いくださいましてありがとうございました!なお、店舗(ブログアドレス)はそのまま残しますので、お近くのお越しの節は、どうぞブログアドレスを押してみてくださいませ。ボケ店主の居眠り姿が見えるかもしれません(😅)

 このなんとも腹立たしいホモサピエンス社会に、正面切って異議申し立てをする胆力がなくなった今、年寄りの愚痴をごちゃごちゃ書き連ねるのは自分への裏切りですね。が、正直言ってもう、どうにでもなれという感じ。

 ネタニヤフ、プーチン、トランプ、習近平、名前も出てこないフランス、ドイツ、イギリスのリーダー、日本国の総理大臣様、どうぞお好きなように。

 まわりには、私よりずっと年長で、私なんかとは比較にならない厳しい人生を送ってこられ、現在も世の悪にしっかりはっきり物申しておられる方もいらっしゃいます。それなのに、その方々より年少の私が「一抜けた!」とばかりにペンを折るのは、恥ずかしく、申し訳なく思います。しかし、自分に嘘はつけません。10年前の私なら、たとえ一人になっても言いたいことは言うと意気込んでいましたが、今や「花鳥風月」に逃げ込む日々となりました。お恥ずかしい次第です。とまあ、宣言と謝罪をしています。そして、

2025年1月26日日曜日<ブログ「一寸先は闇」>又もお出まし             〜まったくみっともない話ね!〜🌻 「一寸先は闇」人生85年を過ぎて、われながら「気まぐれ人間」だと、嫌気がさしました。ブログ閉店と言った途端に、本当に心配してくださる友人たちに対して、きちんと誠実に対応しなくてはいけない、やっぱり、元気にしていますというお便りがわりに「ブログ」は続けようと反省しました。

ということになって、本日2025年12月25日(木)朝(現在午前5時を回りました)「気まぐれブログ〜一寸先は闇〜」を書いているというわけ。今後は、宣言はしないことにします。本当に体調不良など、お知らせすべき状態になったときにはきちんとご挨拶します。それまでは、本当に気まぐれの「婆さんブログ」にお付き合いいただければありがたいと思います。今年は31日に大晦日のご挨拶ができるといいなあなどと思っています。

2025年12月23日火曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年12月23日(火)クリスマスカードと高原野菜

 

 冬至が過ぎればあっという間に大晦日、新年と続き、暇なくせになんともおちつかない日々です。数十年来の友人からの、クリスマスカードです。サンタさんが窓の外を眺めて「さあ、出かけようか、星の瞬く雪の中を」と言っています。しゃれたクリスマスカードです

  この友人はこの前11月26日の、私の誕生日にバースデイカードを送ってくれた人です。私からは、バースデイカードもクリスマスカードも送ってないのに、申し訳ありません。

30代、今から半世紀も前に、職場で出会って、それ以来の友人。もう、何年も会っていないのですが、こんな素敵なプレゼントを贈ってくれる。ありがたいやら、申し訳ないやら。




🌻 信州の農家の友人から自家製の贈り物〜小学校4年生の時であって以来の親友。彼女はお連れ合いと共に、結婚以来ずっと高原野菜の生産に励んでいます。写真の特大白菜は1・5キログラム、りんごは450グラムあります。毎年、新鮮な野菜を送ってもらうありがたさ。





2025年12月21日日曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年12月21日(日)明日は冬至

明日は冬至なので、冬至のブログにしようかなと思ったけれど、忘れんぼばあちゃんは、気が付いたら冬至はすぎちゃったということになりそうなので冬至1日前にお出まし。

季節はきちんとめぐってくるけれど、ホモサピエンス社会は、どうしようもないですね。女性初の総理大臣なんてもてはやしたやつは責任取れって言いたいわ。人生最後にどうしようもないダメ首相を見るとは、情けないというかなんというか。女の端くれとして、高市には1日も早く引っ込んでもらいたい。サッチャーも怒っているかも。もっとも、なみいる男たちの中にだって、これぞ我が国の首相だと胸を張って言える人物がいるとも思えないけれど。

水仙の蕾が二つになって、もう一つも膨らみかけていますね。
白バナ立浪草は返り咲き。本来の開花時期は
4月。下の写真は今年の4月19日の姿。







2025年12月16日火曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年12月16日(火)水仙

2025年12月16日(火)、朝の庭で水仙の蕾を見つけました。
去年の12月の庭のアルバムには、水仙の蕾は見当たらず、水仙の蕾を見つけたのは、今年になってから、つまり2025年の2月18日に初めて水仙の蕾が載っています。同じ日に福寿草の開花も載っています。今年はまだ、福寿草の花芽は見当たりません。来年2月になったら、福寿草のかわいい花を見ることができるかしら。
「年々歳々花あい似たり」と言いますが、それでも年毎に、少しずつ違う顔を見せます。パソコンのアルバムは、比べて見るのにとっても便利。それもこれも パソコンの先生てっちゃん(娘の連れ合いです。亡き夫が娘はいい男をつかまえたと、変な言い方で、彼を気に入っていました)のおかげ。
 


 



 


 

2025年12月12日金曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年12月12日(金)気がついたら3日お休みでした!〜

 🌻 早くも今日は12月12日(金)9日10日11日と3日も休んでしまったとは、やっぱりかなり「ボケ婆さん」進んでいますね。困ったことです!日常生活の細々したことも同様に忘れることばかり。大丈夫かなナオコさん!後10日後、12月22日が冬至ですね。冬至を過ぎると、少しずつ日照時間が長くなるということですから、現在は「冬至十日まえ」といって、最も日の短い10日間の始まりということですね。その冬至十日前の始まりの今朝 12月12日の空をパチリ。風は冷たかったけれど、よく晴れて気持ちの良い朝でした。玄関前から見た日の出(AM7:24:19)


🌻 上の写真から1分31秒後、つまり
AM7:25:50の玄関内部の写真です。

我が家1番のご自慢のゲルニカが1番上に。これは実際にゲルニカに行って購入。ゲルニカの下に並んでいる額縁の左側は、フィレンツエ(サンマルコ修道院)で見た「受胎告知(ベアト・アンジェリコ作)」右側の窓際には、誕生日プレゼントのカード(表さん、和子ちゃん)など。下の小テーブルには、娘からの花束と親友からの白いシクラメンの鉢、額縁の絵は、昔の同僚の作品。パステル画。
              藤村の詩「千曲川旅情の歌」の一節を板に彫ったものが左側に。50年ほど前のこと、この家を新築した時に信州の親戚からプレゼントされました。

2025年12月8日月曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年12月8日(月)「84年前、日本は太平洋戦争に突き進んだ!」

 🌻 このブログの作者「プロテアリリコ」ばあちゃんは、11月26日に86歳となり、心身ともにかなり衰えてきました。でも、12月8日という日は決して忘れません!歴史を塗り替えることはできませんが、もし84年前の「真珠湾攻撃」がなかったとしたら、地球の歴史そしてリリコばあちゃんの人生も大きく変わっていたことでしょうね。後何年この地球で生きていくのかわかりませんが、願わくば、爆撃でなく、我が命の尽きることで、地上からおさらばしたいものです。

1939年12月8日

日本軍がハワイ真珠湾攻撃、米英に宣戦布告 

太平洋戦争  第二次世界大戦

そして

1945年8月15日

日本敗戦

玉音放送                 

8月15日は、日本が第二次世界大戦で降伏し、昭和天皇がラジオ放送で国民に敗戦を告げた日

この日、東京高田馬場で古本屋を営んでいた我が家(父母と私を含めた5人の子どもたち)は、父の故郷信州に疎開していた。記憶は定かではないが、雑音混じりのラジオからお昼のニュースが流れ、日本が世界を相手に戦っていた戦争に負けて、戦争が終わったことを告げた。それを聞いた長兄が、大声で何かを叫び、裸足で庭に飛び出し、狂喜乱舞した姿をおぼろげながら覚えている。戦争に負けたのを狂喜乱舞して喜ぶとは、当時5歳の私には何が何だかわからなかったが、東京大学の学生だった長兄は、9月には、「学徒動員」で兵役に就かなければならなかったのだ。8月15日の終戦(敗戦)は、兄にとっては強制的に兵隊にならずにすんだ!喜びの日だったのだ。大声で何か叫びながら庭に飛び出して行ったまさに「狂喜乱舞」した兄の姿を、朧げに覚えている。その兄も今は千の風。人間誰でもいつかは千の風になるのだけれど、戦争で命を落とすほど理不尽なことはない。あのときの兄の文字通り「狂喜乱舞」した姿を思い出すたびに、あの日から80年後の現在、もしかしたら、現在の日本が、憲法9条の誓いを破って、「戦争」に突き進むのではないかという「悪夢」に恐れ慄く2025年12月8日の夜です。


2025年12月4日木曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年12月4日(木)中村哲医師のご命日です(2019年12月4日!虐殺された日です💢!!!)

       
   🙏 きょう、12月4日は、中村 哲 医師のご命日。
     2019年12月4日のことでした。
詳しいことはみなさんご存知と思いますので、ここには書きませんが、本当に言葉にならない、あまりにも酷い事件でした。まさに虐殺です。当時の日本政府の扱いのあまりのひどさに怒り狂ったことを思い出します。上の写真は、我が家にある中村哲医師関係の本です。書棚から取り出して、居間のテーブルに並べました。2025年12月4日のアフガニスタンはどうなっているのでしょう。最近の様子はほとんど日本のニュースでは、取り上げられないようですが。
 
 ただいま、12月4日午後5時51分を過ぎました。ポストを見たら東京新聞夕刊が届いていました。その7面に中村哲医師に関する5段抜きの大きな記事が載っています!見出しを抜書きしておきます。
中村医師死去6年
活動の「原点」15年ぶり再開
ハンセン病診療拠点
写真が2枚載っています.

😢 最近の私は、心身ともに元気をなくしています。身体的には、特に病気だとか怪我だとかそんなことはないのですが、精神的にあまり元気はつらつとはいきません。86歳の誕生日を過ぎて、それまでと変化があるわけではありませんが、やっぱり世の中の様子があまりにも暗く、どうしようもない有様なのが、元気溌剌になれない原因かしらね。でも、自然界は人間たちのひどい有様には関係なく、美しい姿を見せてくれます。

  庭の一部を切り取った写真ですが、岩山の紅葉に見えるでしょ。
  え〜!それはちょっと無理じゃないの!?


 

2025年12月1日月曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年12月1日(月)今年も残すところ一月ですね」〜

💐11月26日、86歳の誕生日も無事に過ぎました。娘一家、友人たち、妹一家、この歳になって、たくさんの方から、お祝いの言葉や、心のこもったプレゼントを
いただける幸せを噛み締めています。ほんとうにありがとうございます。
 これからの日々を1日も長く元気に過ごすことが、皆さんへのご恩返しでしょう。  日々気をつけて元気に過ごしたいと思います。
 昨日は、好天に誘われて近くの「善福寺川緑地公園」の晩秋の様子をカメラに納めました。2階の窓から見えるところにこんな広大な緑地公園がある幸せを思います。