🌻 昨日10月30日は、ひまわりのように明るく元気で、前向きに生きた母(おなみさん)の誕生日(1902年)でした。母は生前、自分の誕生日が「教育勅語」の誕生日と同じということを誇らしげでしたが、私はむしろ「教育勅語と同じ日なんていやだなあ」と思っていましたし、今でも嫌です。また、母が息を引き取ったのは、12月24日クリスマスイブの夜中でした。母の誕生日も命日も忘れることはない日です。さらにいうと、父の誕生日は7月4日(アメリカ合衆国の独立記念日)、父も誕生日がアメリカ独立記念日と同じ日というのを誇らしげに話していました。そして父の命日は3月3日雛祭りの日です。教育勅語の誕生日に生まれた母とアメリカ独立記念日に生まれた父、クリスマスイブに亡くなった母とひな祭りに亡くなった父。私の両親は、誕生日も命日も、子どもたちに忘れさせない日なのです。ついでに言うと私の夫の誕生日は、1月7日で命日は6月29日(誕生日も命日も私は忘れません)誕生日も命日も、私の父母のように覚えやすいといいなあなんて思っているのですが、私の誕生日は11月26日で全く覚えにくい、へたをすると自分でも忘れちゃうかもね。後一月たらずで「86歳」なのですが、めでたく迎えられるかどうかもわかりませんね。「ケ・セラ・セラ」です。
今日のブログは全くの個人的なことなので、申し訳ないのですが、きょう、家の中をあちこち整理していたら、母の人生最後の日記帳が出てきて、思わず読み耽ってしまったからです。やっぱり「書き残す」ことは大事ですね。母は人生最後の日々1年余りをを我が家で過ごしたのです。
母が人生最後の日々を我が家で過ごすことになった時、私はまだ勤めていましたが、夫は退職していて、母の最後の日々は、私より夫の方が母に尽くしてくれました。それがよくわかる母の生前最後の日記帳を読み、「万感胸に迫る」思いです。
夫が息を引き取るひとつき前に、苦しい中で私宛に書き残してくれた遺言も母の生前の日記帳も、本当にありがたいものです。キーボードで打っているこのブログは、直筆とは比べられませんが、自分自身への覚書にはなるでしょう。それに読み返して「まずい!」と思う内容は指一本で綺麗に消せますから。それにしても私の命日はいつどんなふうに訪れるのかしら(😆)















