2025年10月31日金曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年10月31日(金)〜

 🌻 昨日10月30日は、ひまわりのように明るく元気で、前向きに生きた母(おなみさん)の誕生日(1902年)でした。母は生前、自分の誕生日が「教育勅語」の誕生日と同じということを誇らしげでしたが、私はむしろ「教育勅語と同じ日なんていやだなあ」と思っていましたし、今でも嫌です。また、母が息を引き取ったのは、12月24日クリスマスイブの夜中でした。母の誕生日も命日も忘れることはない日です。さらにいうと、父の誕生日は7月4日(アメリカ合衆国の独立記念日)、父も誕生日がアメリカ独立記念日と同じ日というのを誇らしげに話していました。そして父の命日は3月3日雛祭りの日です。教育勅語の誕生日に生まれた母とアメリカ独立記念日に生まれた父、クリスマスイブに亡くなった母とひな祭りに亡くなった父。私の両親は、誕生日も命日も、子どもたちに忘れさせない日なのです。ついでに言うと私の夫の誕生日は、1月7日命日は6月29日(誕生日も命日も私は忘れません)誕生日も命日も、私の父母のように覚えやすいといいなあなんて思っているのですが、私の誕生日は11月26日で全く覚えにくい、へたをすると自分でも忘れちゃうかもね。後一月たらずで「86歳」なのですが、めでたく迎えられるかどうかもわかりませんね。「ケ・セラ・セラ」です。

 今日のブログは全くの個人的なことなので、申し訳ないのですが、きょう、家の中をあちこち整理していたら、母の人生最後の日記帳が出てきて、思わず読み耽ってしまったからです。やっぱり「書き残す」ことは大事ですね。母は人生最後の日々1年余りをを我が家で過ごしたのです。

 母が人生最後の日々を我が家で過ごすことになった時、私はまだ勤めていましたが、夫は退職していて、母の最後の日々は、私より夫の方が母に尽くしてくれました。それがよくわかる母の生前最後の日記帳を読み、「万感胸に迫る」思いです。

 夫が息を引き取るひとつき前に、苦しい中で私宛に書き残してくれた遺言も母の生前の日記帳も、本当にありがたいものです。キーボードで打っているこのブログは、直筆とは比べられませんが、自分自身への覚書にはなるでしょう。それに読み返して「まずい!」と思う内容は指一本で綺麗に消せますから。それにしても私の命日はいつどんなふうに訪れるのかしら(😆)

2025年10月28日火曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年10月28日(火)〜その2〜

親友せっちゃんのメールから


秋の日差しの中、生まれたてのシジミ蝶が、花の蜜を吸って、懸命に生きています。

 
「ステキな写真ですね!」
      なおちゃんより
 なおちゃんちの庭も、秋景色というより、だんだん黄昏てきました。以下の3枚は10月28日の午後の姿です

名残の紫式部、


南天の葉が、色づいて

ゆずの実も 

黄色くなりつつあります









気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年10月28日(火)

😓 本当にボケばあちゃん!前回は気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年10月20日(月)〜でした。そして今日はすでに28日!8日間も何をしてたのかなあ!!!

 🌻 10月20日には、「タイトル通り、本当に気まぐれブログですみません。日毎にボケ状態がが進んでいくようで、我ながら恐ろしい気がしています。このブログを見て「変だよ!」と思われたら、お知らせくださいね!」

と書いています。そして今日は、早くも10月28日です!毎日暇人なのに、どうしてこんなにブログ更新ができないのか!やっぱり本当にぼけてしまったのかな。毎回、こんな嘆きをしていること自体、本当のボケばあちゃんになったのですかね。

 一昨日10月26日、私の妹(新津亨・なみ夫妻の末の子「鞆音(ともね)」)の傘寿の祝いをしました。「鞆音」は、1945年10月8日、夫妻の8番目の子どもとして、信州の山村の茅葺き屋根の家で産声を上げました。歌人で万葉集を愛読・研究していた父親が、万葉集の中の一首から「丈夫の鞆の音すなり・・・」の二文字をとって「鞆音」と命名。子ども時代、大学卒業後公務員になってからも「鞆音」という文字から99% 、「男性」と思われたみたいで、その話はいつも「笑い話」のタネでした😆

 ともかくその「鞆音」ちゃんが傘寿〜満80歳〜ともなると、残念ながら、両親をはじめ8人きょうだいの中で、健在なのは、三男(兄)と三女(私)のみ。次男(生後10日で死去)次女(5歳で死去)の存在は、私や三男(健在の兄)このたび無事に傘寿を迎えた妹にとっては、歴史上の出来事みたいなものです。80年前の10月8日、きょうだいの末の子の誕生を祝えたのは、私にとって長兄、次兄、長姉、弟でした。両親は8人の命をこの世に送り出し、成人になる前にふたりを亡くしたのです。残った6人は、無事に20歳を迎えましたが、三男(私にとっては弟)は、都立高校教員だった1967年7月30日24歳の時、北アルプス槍ヶ岳で病死というアクシデントに見舞われ、両親は深い嘆きの底に沈みました。さらに健在の次兄も若くして最初の妻と2番目の子を亡くす不幸に見舞われるなど、我がきょうだいの末の子が傘寿を迎えるまでの年月は、ほんとうに様々な出来事がありました。「人に歴史あり」と言いますが、一人一人の数十年の人生には、誰にも様々な歴史があるわけです。その歴史は、何一つとして同じものはなく、ホモサピエンスがこの地球上に現れてから何億年という気の遠くなる時の流れの中で、たったひとつ、たった一人の、何ものにも代ええ難い歴史なのだと思うと、自分自身を抱きしめたくなります。毎日毎日、日毎にボケ婆ちゃんらしさ(?!)が進む私ですが、そんな自分でも二度とこの世に現れない「生き物」なのだと思うと、大事にしないといけないなあなどと思う私です(😀)

🌻 ただいま、10月28日午前3時40分過ぎました。ひとまずここで投稿します 🌻

2025年10月20日月曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年10月20日(月)〜

 🌻 タイトル通り、本当に気まぐれブログですみません。日毎にボケ状態がが進んでいくようで、我ながら恐ろしい気がしています。このブログを見て「変だよ!」と思われたら、お知らせくださいね!

🌻 しばらく気がつかなかった「ルリトウワタ」が、ちょっと弱々しい姿ではありますが咲いていました。健気だなあと思って、写真を。10月18日の朝焼けの空と、ルリトウワタとウメモドキの赤い実です。年ごとに庭の手入れも大変になって、業者に頼んだりしていますが、それも面倒で、現在の庭の雑草も、もう少し秋が深まって自然に枯れていくのを待とうかなあと思っています。雑草といっても、本当はそれぞれ名前があって、彼らも精一杯生きているんだなと思うと、あんまり邪魔者扱いも可哀想かも、なんて、言い訳しています

        10月18日午前5時47分の朝焼けの空2階の窓から見ました

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          10月18日午前8時15分のルリトウワタ



          10月18日午前8時17分のウメモドキ



2025年10月10日金曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年10月10日(金)親友からの便り〜


以前お話ししたように、
窓からの景色が自然に恵まれていて満足しているのですが
昨日(10月8日)の夕焼けがあまりに見事で写真を撮りました。
富士山がいつもよりずっと大きく映っています。
国義と二人で暗くなるまで20分ほど眺めていました。


   🌻   杉並から調布市に転居した親友から素晴らしい写真が届きました。メールにある「国義」とは、彼女の夫です。夫婦で窓辺によって、こんな見事な景色を眺めていたなんて、「うらやまし〜!」21年前に夕焼けの向こうに行ったしまった我が夫は、天国から眺めているんだろうなあ。      

2025年10月9日木曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年10月9日(木)〜昨日のこと〜

🌻しばらくお休みの宣言をしましたが、昨日8日についてだけ、書き残しておきます。

昨日、10月8日は、私たち6人きょうだいの末っ子(妹)の誕生日でした。太平洋戦争が敗戦で終わった1945年10月8日に生まれた彼女が80歳になりました。いわゆる傘寿ですね。6人きょうだい<長女、長男、次男、次女(私)三男、三女(今回傘寿を迎えた末の子)>も、すでに、長女夫婦、長男夫婦、三男と、5人が、両親と共に天国の住人に。次男の連れ合いと妹の連れ合いは、それぞれ施設のお世話に。次女(私)の夫は、21年前に天国に。というわけで、6人きょうだいの末の子が傘寿を迎えた時には、健在なのは兄(次男)、私(次女)、妹(三女)の3人になりました。昨日は、私の娘(と言っても亡夫と先妻との間の娘)が、私の妹(娘にとっては義理の「叔母さん」)の傘寿のお祝いにと素敵な花束とお祝いのお菓子を持って我が家に来てくれました。妹も呼んで、我が家でお祝いを。今月26日には、妹の子どもたちが、フランチレストランで、お母さんの傘寿パーティーをする予定です。私も私の義理の娘夫妻も招待されています。

 写真は、私の義理の娘から私の妹への素晴らしい花束とケーキです!私とはいわゆる「なさぬ仲」の娘ですが、娘とその連れ合いや、二人女の子(共に成人で千葉県と東京都の公務員)とは、ありがたいことに実の祖母と孫娘と同様の関係を保っています。世間的には結構珍しいことかも。実の親子でも、所謂、嫁姑でも、けっこうギクシャクしていることが多いですものね。私は、現在一人暮らしですが、なさぬ中の娘一家とも、実の兄や妹一家とも、亡くなった兄や姉の子ども達(甥や姪ですね)とも、友好な関係を保っています。その中で、全くの一人暮らしは、私だけですから、本当に温かい親族に恵まれて幸せな老後です。6人の子どもの末の子が、めでたく傘寿を迎え、一族がみんなで仲良く傘寿を祝う姿を天国の両親も喜んでいるでしょう。(私の亡夫は、賑やかなことが好きでしたから、天国で羨ましがっているかも)



2025年10月7日火曜日

気まぐれブログ〜一寸先は闇〜2025年10月7日(火)〜しばらくお休みします〜

 🌻 10月になっても変わりやすい天気ですが、世界のホモサピエンスは、何とも異常な状態。日本の政治家たちはもっとおかしい。高市をトランプが褒めたというが、トランプに褒められるなんて最低!日本人の選挙民の多数派がそれでいいというのなら、もうおしまい。85歳ボケばあちゃんは、こんな世間に、もの言う元気もないので、おやすみです。買い込んで手をつけてないたくさんの本を、少しずつ消化しながら、85歳の残りの日々を過ごします。11月26日に満86歳を元気に迎えることができたら、また顔を出すかも。10月も1週間がすぎて、これからは、いくらか凌ぎやすい日々が続くでしょう。みなさまどうぞお元気で。

<去年の庭の秋>







 




2025年10月3日金曜日

一寸先は闇〜2025年10月3日(金)〜庭も秋の色に〜4日(土)追加「自民党総裁選」結果

 🌻 我が家の庭で自慢できるのは、やっぱり「ムラサキシキブ」かしら。ご近所や近くの「善福寺緑地公園」にも見当たらないから。9月いっぱい暑くて庭の手入れをせず、せっかくの「ムラサキシキブ」も薮みたいになっているけれど、でも「ムラサキシキブの実」は、本当に綺麗!「ヤブラン」と「ムラサキシキブ」、わがやの庭の秋の主役は紫色かしら。

 今日の写真、あとの2枚は、柚子みずひき。ゆずの実も気がついたら、ずいぶん大きくなっていました。自然は本当に健気だなあと感心します。家主は年と共に怠け者になり、特にこの夏は、雑草が蔓延り、水やりもせず、草木に申し訳なかったけれど、時がくれば花を咲かせ実をつけてくれます。





10月4日(土)もう直ぐ午後8時になるところ。テレビは、自民党の総裁選の結果を告げています。

最悪!誰がなっても最悪ですが、高市早苗が当選とのこと。女性なら誰でもいいというわけにはいかない。だいたい女性で、自民党ということからして、女性解放は期待できない。世の多くの女性が期待しているような、女性解放、真の女男平等の世の中にできはしないだろう。  ドイツでメルケル首相が誕生したときのような期待は、全くない。