2026年8月30日日曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年8月30日(日)秋の気配


🌻 まず左の写真から。我が家の庭の女王様「紫式部」の、きょう8月30日の姿です。
 8月も明日で終わり。今年の夏はことのほか、尋常ならざることが多かった。自然界も人間社会も。現在86歳9ヶ月のプロテアリリコばあちゃんは、なんとかやり過ごして、やれやれとほっと一息です。でも、「やれやれ」なんて、呑気なことを言っている場合じゃないんですよね、本当は。ホモサピエンス社会は音を立てて雪崩の如く破滅に向かって突き進んでいる気配。半ボケ婆さんの私が、偉そうなことを言う資格はないかもしれませんが、それにしても、今現在の世界のリーダーたち、ちょっと酷過ぎませんか!?その筆頭はもちろん、かのトランプ大統領ですが、その人に何にも言えない「我が日本国の女性総理大臣さま」は、いったい何を考えているのでしょうか。棺桶に片足突っ込んでいるようなボケ婆さんの私から見ても、彼女の言動はあまりにも酷い、恥ずかしいと思います。私が幼児の頃覚えた言葉に「鬼畜米英」「出てこいミニッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄へ逆落とし」というのがあったっけ。意味もわからず口にしていたような気がしますが、まさか80年余り後に、日本国の女首相が、アメリカさんの大統領に擦り寄って「世界の平和を築けるのはあなただけ」なんて、思わず目も耳も塞ぎたくなる媚態、嬌態を演じるとは!まさに世紀末の悪夢です!でも、自ら千の風になる勇気も方法も持たないボケばあちゃんは、「早くお迎えに来てちょうだい!」と22年前に「千の風」になってしまった彼に、朝な夕なに願うのみ。
最初に今日8月30日のピンクの紫式部を載せましたが、
したの写真のように輝く宝石のような実が「紫式部の成熟した実」です。写真は去年2025年10月28日のもの。


2026年8月25日火曜日

早く「千の風」になりたいなあ!

 🌻  今回のタイトルはもちろん「プロテアリリコ婆さん」の願望でございます。それはさておき、86歳ボケ婆さんは「バカ婆さん」と言い換えてもおかしくない、そのバカ婆さんが、「アタオカ」という言い方を、先ほどパソコンであちこち散策していて覚えました。なんだそんなこと常識中の常識だ!と笑われるでしょうね。でも、プロテアリリコボケ婆さんは、初めて知ったのです!ある人のブログに「アタオカ」女>という言葉が出てきて初めて知りました。多分大方の人は知っているのでしょうね。アタオカシイ」という意味ですって誰のことでしょうか!?政治家と言えばきっとお分かりでしょうね。私は今日初めて知りましたが、世間的には、彼女について、有名な言い方なのかもしれません。

 その「アタオカ」女史、ほんとに近頃とみに「アタオカ」度が増してきました!ほんとにほんとにいやになります。世界中に「現在の日本国の首相は、こんなアタオカ女史ですよ」って宣伝しているようなものです。何しろあのトランプに尻尾を振っているのですから。本当にもう、この世におさらばできたらいいのにと思いますが、しかし、わざわざその方法を見つけるのも面倒で、ま、天命を待つより仕方がないですね。「寅さん」じゃないけど、「朝、目が覚めたら〇〇でいた」ということにならないかなあ。でも、やっぱりその前に、トランプと「アタオカ女」の没落見たいものです!

🌻 おまけです。上記内容とは全く無関係のことですが、さきほど、古い書類などを整理していたら、ビックリするものが出てきました。プロテアリリコばあちゃんの「新聞や週刊誌への投稿記録(採用されたもの)」です。我ながらびっくりする数でした!ほとんど夫が千の風になってしまってその悲しささびしさを忘れようと投稿し始めたのですが、新聞は朝日、毎日、東京、週刊誌は「サンデー毎日」で、総数47回でした。その他、東京新聞に私の教育実践が大きな写真入りで紹介されました。ブログを始めてから、投稿は終わりましたが、投稿したものををまとめておけば、私の半生のまとめになるかもと思っています。でも、命尽きるまでに、その大仕事ができますかどうか(😅)。

🌻 おまけのおまけ。 今朝早く裏庭から「コオロギ」の声が!まだ遠慮がちに「コロコロ」と。ああ、暑い暑いと騒いでいる人間たちを慰めているのか、もう秋ですよと囁いているのか。自然はありがたい!

2026年8月22日土曜日

一寸先は闇 2026年8月22日(土)話にならないボケ婆さんです!

🌻  緑陰とは、「青葉の茂った木陰とのこと(広辞苑)」ですが、きのう緑陰で居眠りしていたら、「今まで何回もやめる、と言ってはまた復活ということを繰り返してきたね。もう、そんな恥ずかしいことはやめて、やめたくなったら1週間くらいよくよく考えて、もう、決心がゆらぐことはないということになった時に「さようなら」告げたらどうか。いくら年寄りの戯言と言っても、今までのように何度も「やめる」「やめるのやめる」を繰り返してきたのは、恥ずかしいことだ。反省すべきだ。」と叱られました。誰に叱られたかと言いますと、まあ!驚いたことに、22年前に「千の風」になってしまった夫(村田直文さん)が夢に出てきて、叱ったのです。!最近ほとんど、夢にも出てくれなくなったのに、残してきた妻の情けない姿を見て「喝を入れたくなった」のでしょうね。「千の風」になった愛する夫に叱られたのでは、素直に聞き入れなくてはなりませんね。いずれ私も千の風になって大空の彼方で再会した時に、きちんと報告できなくては。

 ということで、18日にお知らせした「さようなら」は、またまた取り消します。そして、今まで何回もくり返してきた「やめた」「再開」を今度こそ、毎日でも、ぼちぼちでもなんとか続けます。お騒がせしました。ごめんなさい!ということで、これ以上無理ということになったら、きちんとお知らせします。2026年8月22日(土)村田尚子




2026年8月18日火曜日

さようなら!

🌻 いろいろ考えましたが、やっぱり、ブログ投稿は終わりにします。今までのご愛読、心より感謝します。移り気の自分にわれながら呆れますが、ほんとのほんとにおしまいにします。ご愛読ありがとうございました。みなさまのご健康をお祈りします。お元気で! ❤️

 2026年8月18日   

  プロテアリリコ(村田尚子86歳11月26日誕生日がくれば87歳)


2026年7月5日日曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年7月5日(日)

 🌻 7月に入った途端、あっという間に早くも5日。 🌻    

🌻 さて、娘夫婦が贈ってくれた夫の23回忌への百合の花束、一本の茎に5つの蕾。我が家にきた時は五分咲き一つ、三分咲き一つ、蕾三つでした。
そして7月5日の今日、残る蕾はひとつ。よく水揚げをしてくれました。



2026年7月1日水曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2023年7月1日(水)

🌻 一昨日6月29日は、亡夫の22回目の命日(23回忌)でした。娘夫婦が素晴らしい百合の花を仏前に備えてくれました。亡夫が「千の風」なってしまって、我が人生はどうなることかと思いましたが、身内や友人たちのおかげで、無事に23回忌を迎えることができました。86才の私が、こののち何回、亡夫の命日を迎えることができるか、先のことはわかりませんが、毎年6月29日が来るたびに、今年もあなたの命日を迎えることができましたと遺影にに話しかけることにします。でも、本心の本心は、この先あんまり長くこの酷いホモサピエンス社会にいたくないなあと願っています。どんな形でもいいから、彼がお迎えに来てくれないかなあと願っています。写真は、娘夫婦からの百合の花束。




29日の命日の花、
翌日は2輪目が、
満開に。




 

2026年6月24日水曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月23日

 🌻 ただ今、2026年6月23日(火)午前11時を回りました。去年(2025年)のブログを読み返し、長文ですが再掲します。

 🌻 6月は何と言っても沖縄問題、60年安保闘争、亡夫の最後の日々。

 鉄の暴風」と言われた沖縄への米軍の総攻撃と沖縄日本軍そして人民が筆舌につくし難い状況の中で、命を落とした。太平洋戦争末期、なんども「ギブアップ」のチャンスはあった。1945年2月には、事実上敗戦だったにもかかわらず、最高司令官つまり天皇の裁可がなかった。それから5ヶ月の間に、同盟軍のイタリアとドイツもがギブアップしたにもかかわらず、天皇の裁可はなく、8月の広島長崎への原爆投下を経て、ようやく8月15日の「終戦の詔」となった。

 歴史にたらればはないというけれど、1945年2月から8月15日までの間に、数回の「ギブアップ」のチャンスがあったのに逃し、広島、長崎への原爆投下という最悪の状態を経て、ようやく終戦(敗戦)を認めた。その時、沖縄が最も酷い状況にあったのに、その沖縄をアメリカに差し出し、それから80年を経た現在でも、沖縄の犠牲は続いている。そればかりか「辺野古問題」という、なお一層ひどい犠牲を強いられている。

 私は1939年〜元号は日頃無視しているが、戦前の話なのであえて元号でいうと「昭和14年」〜11月26日生まれなので、太平洋戦争の話は、いわば歴史上のこと。しかし、おぼろげには戦時中や敗戦直後のことを覚えている。敗戦(終戦)の1945年8月15日は、満5歳と8ヶ月と20日、つまり3ヶ月と11日後には満6歳の誕生日という時だった。

 そんな幼児だったのに、多分、周りの大人達が口にした言葉を今でも覚えている。「鬼畜米英」「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ」 昔のことの多くを忘れている今になって、忘れたほうがいいことを覚えている。しかし、現在、我が国がアジア各地を侵略し、米英を相手に大戦争をしていたことなど、すっかり忘れたり、故意に忘れようとしたり、忘れたふりをしている、そんな輩がたくさんいるから、やっぱり、醜い過去をしっかり覚えておくことが大事だと思う。そうそう♪出てこいミニッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄に逆落とし♪という歌もあったよ。

 太平洋戦争での東京大空襲で九死に一生を得て、戦後の貧乏、空腹の中で、それでも大学に。奨学金、家庭教師のアルバイト、などなどで暮らす中での60年安保闘争と思い起こす中で、6月15日が巡ってくる。6月15日はなんの日?と聞いて、現在の日本人の中ですぐにあの日だと言える人は何人いるのだろう。

 自分だって日頃は忘れているのに偉そうに言うなよと、どこからか叱声が聞こえる。全くその通り!まかり間違えば、私の人生だって、そこで終わっていたかもしれないのに忘れるとは?!このことについては後日また書くことにします。

 いつも同じ結論になってしまうのが、残念というか申し訳ないというか、そんな気持ちですが、やっぱりホモサピエンスは進歩でなく退化しているような気がします。今日6月10日の毎日新聞夕刊(4版)には、EU(欧州連合)の欧州議会選挙で、右派、極右2会派が躍進という記事が載っている。やれやれ、世界中が世界戦争にでもなるんじゃないかという恐れの中にいる時に、EUという、私の認識ではどちらかというと良識派に見えるその議会選挙で、右派や極右が躍進とは!!!ホモサピエンス全体の劣化はかなり進んでいるとしか思えない

 2004年6月29日に夫は旅立った。それからもう20年。64歳の私が84歳になったこの20年の日々。千の風になって大空から地球を見下ろしているであろう亡夫に問いたい!「そちらからは、地球の現状がどう見えるのかしら」と、「現在のこんな悲惨な地球にいなくてあなたは良かったわね、私も早く千の風になりたいな」と言いたい。

 📗 「サンデー毎日」6月9日号に高橋和巳の豊穣な物語世界という記事が載っている。高橋和巳懐かしいなあと思って書棚を探したら2冊が見つかった。まだ何冊かあるはずだけれど、まず見つかった2冊をパチリ!あの頃私は若かった!(ここまで去年〜2024年6月23日のブログ)

 💢 再掲した去年のブログに「ホモサピエンス全体の劣化はかなり進んでいるとしか思えない。」と書いた私だけれど、まさか1年後に、第3次世界大戦の恐怖が現実のものになることまでは、予想し得なかった!ホモサピエンスはどこまで堕ちていくのか。

 📕  今年の6月8日のブログで紹介した本<🌻 毎日新聞 6月6日(金)夕刊 <特集ワイド>で、取り上げられた人と彼の著書のこと。書名 「ガザ 戦下の人道医療援助」著者名 萩原   健  発行 ホーム社  発売 集英社  この本の著者、萩原さんは、国際NGO・国境なき医師団(MSF)の現場活動責任者。>手に入れました。おすすめです。というより、人間として知らなくてはならない現実だと思います。




2026年6月21日日曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月21日(日)今日は父の日


🌻 風蘭が咲きました!数ある庭の木々や草花の中で、亡夫が最も慈しんだ花です。夫の郷里山口県の親戚から分けていただいて庭に移植。今私が住んでいる家と同じ50年の年月を我が家の庭で過ごしてきました。今年はなかなか花芽が見えず、とうとう亡くなったのかと心配していましたが、けさ純白の花が咲いているのを発見!よかった!岩にへばりついていて、肥料や水やりなど全くせず、自然にお任せなので、今年はついにさよならかと思っていました。でも、今日、父の日に咲いてくれました。亡夫も喜んでいるでしょう。

父の日の今日は、夏至でもあります。明日からだんだん日が短くなるのかと思うと、ちょっと寂しい気もしますが、我が家の小さな庭は、これからも季節の花々が咲いてくれます。

🌻  話変わって、「茨木のり子」さん。東京新聞6月3日夕刊3面に <生誕100年(1926年6月12日誕生)没後20年(2006年2月17日没)>という、大きな記事が載りました。私は彼女の大ファンです。手元にある、彼女の著書の写真を載せます。

彼女の詩は、どれもこれも好きですが、最も気に入っているのは、「自分の感受性くらい」という詩。その6節ある詩の最後の一節です。

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ

全文載せたいのですが、以前「著作権問題」に触れると言われたことがあって、新聞記事や本の内容などを載せるのは問題があると言われ、それ以後、注意しています。もし未読の方は、図書館や書店でご覧になるといいと思います。



2026年6月16日火曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月16日(火)

 🌻 ただいまの時刻は6月16日(火)午後10時を回ったところです。先ほど関東地方で地震がありましたね。大したことはなかったようですが、やっぱり地震は気持ち悪いです。このあとまた揺れるかもしれないなと思うと、今夜はまともに寝るわけには行かないかなあと思っています。ホモサピエンス社会があまりにもいいかげんなので、自然界も怒っているのかも。

今夜は地震が来ないことを願って、おやすみなさい!(2026年6月16日22時17分)


2026年6月15日月曜日

6月15日という日

🌻 現在は2026年6月15日、午後10時を回りました。🌻

 🌻 まず去年2025年6月15日のブログ再掲。                     2025年6月15日、現在時刻は17時になろうとしています。6月15日は何の日でしょうか。私にとっては1960年に「樺美智子さん」が権力に虐殺された日として心に焼きついています。しかし、例えば現在、国会議員としてで活躍している人々の何人が6月15日は何の日と問われて、即座に「樺美智子さんが虐殺された日」と答えるでしょうか。ということで、昨年の6月14日のブログの再掲をします。

2024年6月14日(金)〜6月15日のこと〜

 🌻 前号で、6月15日は何の日と書いたけれど、もちろん1960年の安保闘争で権力に踏み潰された「樺美智子さん」の命日です。私は、そのことをあちこちで喋ったり、書いたりしてきましたが、安保闘争の最中、国会議事堂前の全学連と警官隊の衝突の中に確かに私はいました。その時、少し先の方で東大生の樺美智子さんが命を落としたのです。まかり間違えば、私だったかもしれません。

 後年、私は、歌詠みだった父(1899~1979) の歌集「涓流」のなかに次の歌が載っているのを見つけました。「安保闘争」というタイトルで7首の短歌が載っているその中に、次の二首が。

 警棒にて逃ぐる学生を搏つシーン樺さん殺さるるところは映さず(テレビのニュースを見て詠んだのだと思います)

 安保まもる警官に踏み殺されし樺美智子さんの写真に紅き薔薇をささげぬ(新聞に載った写真を切り抜いたのでしょう)

 大学生時代の私は、父とは疎遠でした。安保闘争の最中、樺美智子さんが命を落としたその時その数メートル後ろにいた私は、学生が踏み殺されたという叫びを聞いていたと思います。64年後の今となっては、「確かに聞いた」のか「聞いていたと思う」のか、その辺りは定かではありませんが、とにかく踏み殺された樺さんの近くにいたことは確かです。後年、父の歌集に上記の歌を見つけるまで、父と安保闘争について語り合うことも、父がこんな歌を詠んでいたことも知りませんでした。

 思えば、父は若かりし頃、ちょうど大正デモクラシーと言われた時代、左翼運動に心惹かれたようなことを聞いたことがあったなあと思い出します。上記歌集の中に

追求はアナーキズムよりマルクスにひたすらなりき我が青春期  なんていう一首もあります。

 さて、明日は6月15日ですね。2024年の6月15日はどんな日になるのかしら。

 ヤブカンゾウの蕾が色づき始め、紫陽花の色が綺麗です。

(以上2024年6月15日の再掲です)


🌻 話は2025年現在に戻ります。2025年6月15日(日)午後5時を回りました。雨も上がって、夕陽が眩しいくらいです。去年のブログにある「ヤブカンゾウ」は、今年はまだ、ようやく蕾が膨らみ始めたところです。色づくのはもう少し先になるでしょう。

 樺美智子さんと言っても、現在の大学生の多くは「誰のこと?」というのではないかしら。「60年安保闘争は遠くなりにけり」ということでしょうか。20歳の私が85歳のかなりボケボケのばあちゃんになったのですからね。でも、2024年のブログに書き留めておいて良かったなあと思います。記憶は、どんどん薄れていきますが、書き残したものを読めば、当時の様子が目に浮かびます。父の若かりし頃のことなども、日頃は思い出すこともないのですが、アルバムや、ブログを読み返すことで記憶が蘇ります。2025年6月15日のこのブログを、1年後に元気で読み返すことができればいいなあなどと思いながら、書いています。今年の藪萱草が咲くのはいつかな。

 🌻 2024年、2025年と2年続けて6月15日についての記事を再掲しました。これを書いている今現在は2026年6月15日22時を過ぎたところです。1960年の安保闘争からすでに66年が経ち、20才の私は、86才のおばあちゃんになりました。樺美智子さんが警官隊に踏み殺された時、殺されたのは、すぐ後ろにいた私だったかもしれないと思うと、66年経った今も言葉にならない気持ちが込み上げてきます。

 🌻 86才のおばあちゃんになった私ですが、考え方や感じ方は、20才の頃とあまり変わっていないと、自分では思っています。トランプ、ネタニヤフ、高市などに対する反感は、20才当時、反安保闘争を戦っていた頃の感情と同じ。それにしても、安保闘争を経て、教員になって「勤務評定反対闘争」を経験し、平和憲法のもとで教師として思う存分働くことができたことを思うと、今現在のホモサピエンス社会の有り様は、全く予想外。人間がほとんど機械の一部になってしまって、精神はどこかに行ってしまった。どう頑張ってもあと数年でこの世からオサラバする身だから、そんなに深刻にならなくてもいいのかもしれないが、人間が機械の一部になっていくこれからは、どんな世界が出現するのか、こわいけれど見てみたい気もします。(2026年6月15日22時25分)


2026年6月13日土曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月13日(土)6月7日以来1週間も寝ていた?!

 🌻 全くこの前とおんなじです!!!この前、6月7日の書き出しは

『「気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月7日(日)5月26日以来!11日間も寝ていた?!」』

でしたね!そして、それから1週間後、今日6月13日(土)の「気まぐれブログ」は、またもや   1週間も寝ていました。毎日暇を持て余すほど、何もすることのない86才独居老人の私なのに、どうしてブログを投稿しないで1週間も過ぎてしまうのか、自分でもわかりません。本当に何をして暇を潰しているのかしら。今現在思い起こしてみると、一番時間をかけているのは、家の模様替えかなあ。と言っても、家具の置き場をちょっとずらしたり、書棚の本を入れ替えてみたりするだけ。あとは、テレビで古い映画を見たり、庭に出て写真を撮ったり。そんなことで1日が過ぎていくのかなあ。あまりにも非生産的な時の過ごし方ですねえ。そして気がつけば、未読の本がどんどん溜まり、庭の雑草が伸び放題だったり。

 

、言い訳をしているうちに今日6月13日(土)も、すでに午後3時を回りました。日本も世界もホモサピエンス社会は、どうしようもないほどグチャグチャになっているのに、私はぼんやり時を過ごしている。時間の無駄遣いと思うけれど、致し方ないですね。残り少ない人生なのに、こんなにぼんやりしていていいのかなと思うこともあるけれど、でもまあ、残りの日々を人様に迷惑をかけないように、なんとか日々を過ごしていけばいいかなと、昔の私から「なにやってるの!!!」と叱られるでしょうね。ということで、「暇つぶし麻雀」で勝った写真を。

娘の連れ合い「てっちゃん」(すばらしいひとです!)が、パソコンに入れてくれた「麻雀ソフト」で、毎日遊んでいます!

きょうもなんかいも 遊びました。他のゲームもそうでしょうが、パソコン相手でも、本当にあっという間に時が過ぎていくのです。昼過ぎから始めてあっという間に夕方という感じ。本当にいいことを教えてもらいました。トップを取るまでやっていて、その写真を保存してます。一人暮らしでも、退屈する暇はありません。


2026年6月7日日曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年6月7日(日)5月26日以来!11日間も寝ていた?!

 🌻 日毎に「ボケばあちゃん」が進んでいるようで、我ながら「恐ろしい」やら「困惑やら」86才半の現実を突きつけられています。でも、ジタバタしても仕方がないことで。どうしても「ひとり暮らし」が無理という状況になったら、「施設暮らし」を考えましょう。失敗を重ねながら、ブログ投稿をしたり、パソコン麻雀を楽しむことができるうちは、結婚以来暮らしたこの家で頑張ります。この家の住人は日毎にボケていきますが、庭の木々や草花たちは元気で、たった一本残った白百合と、中庭から玄関先に植え替えた紫陽花が咲いてくれました!何の世話もしないのにありがとう!



 
   



2026年5月26日火曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月26日(火)きょうのルリちゃん(上)。(下)は19日

                                  
19日に、ルリちゃんが咲きましたと大喜びしたら、なんと、今日26日には、タワーのような姿で咲いていました!本当に植物は裏切らないですねえ!
それに比べて、ホモサピエンスは情けない。
特に、今現在の世界の権力者たちの有り様は、本当に情けない。
それから「天皇制問題」思うことたくさんありますが、結論からすると「天皇制は必要なし」です。

 

2026年5月25日月曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月24日(日)昨日は結婚記念日

 🌻 はるか昔、1970年5月23日、私は結婚。昨日は、56回目の結婚記念日。と言っても、夫はすでに22年前に千の風になってしまいました。

 22才の秋、東京学芸大学4年生の私は、都内の公立中学で教育実習。そこで村田先生に出会って、その先生の教育観、教育実践に魅了され、なんとしてもその秋の東京都の教師採用試験に合格しなければと思いました。でも、中学国語教師の枠は少なく、合格倍率は10倍余り、とても受かる自信はありませんでした。その時、そんな悩みを相談した村田先生から、「どうしても受かりたいという執念が大事だ。初めから、とてもダメだという態度では、受かるものも受からない」と叱咤激励され、その気で臨んだ採用試験に受かったのでした。それ以来、村田先生への敬意は、ますます強くなりました。しかし、それから8年後、30才の春に村田先生と結婚することになろうとは、全く想像もつかないことでした。

 人生というものは、ほんとうに思いもよらない道を辿るものです。結婚した時の村田先生には、小学生の女の子が二人いました。その後、様々な出来事があり、現在、村田先生没後22年、彼の娘二人のうち、お姉ちゃんは亡くなり、妹は、結婚して都の公立中学校の英語教師でしたが、すでに定年退職、二人の娘(村田先生の孫娘ですね)はそれぞれ公務員生活。

 私が村田先生と結婚してからすでに半世紀以上の時間が過ぎて、日本も世界もすっかり変わりました。過ぎてしまえばあっという間、しかし、今現在のホモサピエンス社会の有り様は、村田先生に出会った半世紀以上も前には、全く想像もできなかった姿です。ちょっとしたきっかけがあれば、世界戦争が起きそうな恐ろしさを感じます。

 現在の世界の指導者たちは、トランプ大統領を筆頭に、私が若い頃知っていた人々から見るとあまりにも酷いという気がします。なかでも日本の高市首相は、酷過ぎ。やることなすことあまりにも情けない。日本で最初の女性首相が、これほど程度が低いとは、後の世からも、「酷かったね!」と言われるのでは。今は亡き「おたかさん」が懐かしい。

 結婚記念日の話からそれましたが、世の中の有り様を予想するのは難しい。人間社会が進歩していくのなら話はわかるが、全く思いもよらない悪い方向に変わっていくのを見るのは辛く情けない。ともかく、全世界を破壊できるほどの核兵器を持つ国が、他国の核兵器を否定するなど、あまりにも自分勝手。アメリカ自身が核兵器を破棄してから、他国の核兵器を非難するならわかるが、「吾輩は核兵器を持つ権利あり。お前はダメだ。」などという理屈は通らない。ジャイアンとのび太みたいな話だね。でも、現実社会には、ドラえもんはいない。広島長崎を経験した日本の首相こそ、世界の核廃絶の先頭に立つべきなのに、世界第一の核大国の大統領に媚態をもってすり寄るのだから話にならない。広島長崎の犠牲者をチラッとでも思ったか!?ともかく、世界の指導者たちに言いたい。今すぐ、全世界の核兵器を廃棄し、2度と核兵器が使われることのない世界に向けて、死に物狂いの努力をせよ!!!

 今、夫が存命ならば、このホモサピエンス社会の有り様をなんというかしら。今現在の世界各国のリーダーたちは、自国をそしてホモサピエンス社会の未来をどうのように考えているのだろう。すべての国の核兵器を破棄し、ホモサピエンスのみならず、地球のすべての生き物が、生存を脅かされることのないようにしなければならない。地球という奇跡の星に生まれたすべての生き物、動物も植物も自分の命を全うすることができるような、そんな地球にすることがホモサピエンスに課せられた使命だ。「戦争」などという野蛮な方法は即刻捨て去ることだ。

結婚記念日に私がしたことは、書斎の整理整頓。書棚のごちゃごちゃや、書斎がまるでガラクタ置き場のようになっていたので、あれこれ思案の末に片付けた結果です。書籍のほとんどは、夫の遺産で、私自身は未読です(😭)。私は多分このまま千の風になり、大空の彼方で夫に「まったくもう」と呆れ顔をされることでしょう。写真は書斎(蔵書)の一部です。


2026年5月19日火曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月19日(火)ルリトウワタが咲きました!


 🌻 5月17日の芍薬の姿。10輪のうち、1輪は落ちて葉と一緒に置いてありますが、まだ残る9輪
はがんばっています!うっかり花びらに触ると落ちてしまいそうなので、自然に落ちるまで、そのままにしておきます。残る9輪全てが下に落ちるのはいつかしら。枯れた姿で花瓶に置いておくのもどうかなあと思うけれど、やっぱり自然に任せます。

生き生きとした10輪の花束が我が家に来たのは5月7日でしたから今日で10日です。よく頑張っていますね!

🌻 玄関ホールで、今日19日の芍薬の写真を撮って、庭に出てみてビックリ!!!庭のあんまり目につかないところに、懐かしい空色の花が。そうです、あの「ルリトウワタ」です。         今年はもうおしまいになっちゃったのかと諦めかけていたのに。やっぱり生きていてくれた。そして、時が来たらちゃんと咲いてくれたのです。本当に、なんといたらいいか。人間は簡単に裏切るけれど、植物はうらぎらない!健気です!かわいいです!
*ルリとうわた(瑠璃唐綿)ちゃんが、初めて我が家に来た日、」2021年7月15日のブログには、
『砂利の間から見慣れない葉が伸びてきて、2021年7月15日見たら花が咲いていた。』とあります。 
この後も毎年咲いてくれたのに、今年2026年には、姿が見えませんでした。                ところが、今日、2026年5月19日(火)、なんと2輪咲いていたのです!本当に健気!ありがとう!
 
           

2026年5月12日火曜日

気まぐれブログ「一寸先は闇」2026年5月12日(火)5月12日の芍薬

今日5月12日(火)
最初の1輪が散りました。
9輪の豪華な花と散った花びら、

わかりますか。

 これは、5月10日(日) 母の日当日に、10輪全てが満開になったすがたです。

花に心があるようです。

ほんとに惚れ惚れするような

10輪の芍薬!

そして、きょう、

もう、お役目果たしたわねというかのように

最初の1輪が散りました。

15輪満開の下の写真と比べてみると、今日散ったのはどれかお分かりになると思いますが、いかがでしょう。物言わねど、心があるのね、そんな気がする芍薬たちです。



86才独居ばあちゃんの母の日前後は、本当に幸せ。けれど、ホモサピエンス社会は、史上最悪と思える様相を呈している。こんな有り様を見ずに、22年前に逝った愛する夫が羨ましい!

夫は公立中学の社会科教師として一生を過ごしました。太平洋戦争が敗戦で終わり、日本社会は暗澹たる様相の中、東京大学法学部卒業。二人の親友の一人は弁護士に、もう一人は裁判官になりましたが、夫は、大人のための裁判官や弁護士よりも、子どもたちの人権を守りたいと言って、公立中学の社会科教師になったのでした。当時の東大総長は「南原繁」先生で、夫は先生に可愛がっていただき、先生のご著書「母」(南原先生がご自身のお母様について語った名著)を、贈っていただきました。先生直筆のサインがあり、今現在その御本は私にとっての宝物です。



2026年5月9日土曜日

5月9日(土)のシャクヤク

 




左と右

同じ時刻にちょっと角度を変えてパチリ!
残る蕾は二つです。7日に届いた時は、開花はふたつでした。あっという間に次々開いて今日9日にはもう残る蕾は二つ。本当によく開きます。明日は10輪全て開花でしょう!

2026年5月8日金曜日

5月8日の芍薬(シャクヤク)


 
昨日は、開花が2輪、蕾が8輪だったシャクヤク、
今朝は、もう開花が7輪!蕾は後三つ。一晩のうちに五つの蕾が開いたのですね。じっと見続けたら、花弁がひとひらずつ開いていくのが見えるのかしら、などと想像するほど、一晩で開花。感嘆するほどの生命力!
でも、不思議なのは香りがないのです。こんなに大きなしかも八重の花なのに、香りがないのはなぜかしら。

子どもの頃住んでいた信州の家(父の故郷で、一族の庄屋だった)には、大きな庭があり、牡丹、芍薬、五葉松の大木やツツジ、サツキ、雪柳、また、梨や胡桃の木もあって、四季折々の花や果実を楽しみました。そんな家も庭もいまでは「故郷の廃家」。



2026年5月7日木曜日