2024年7月28日日曜日

気まぐれブログNO4〜2024年7月28日(日)〜後期高齢者保険証に関して〜

 🌻 26日27日と過ぎて早くも7月28日。全くなんとも言い訳できませんね。😢

さて、今日の東京新聞1面は、

「弱者置き去り」「後期高齢者困惑」

〜紙の保険証 最後の交付〜

マイナカードは、紛失不安  申請すら行けず 

という見出しを掲げ

「マイナカード取材班」による大きな記事が載っています。5段組の記事の最後、5段目に 村田尚子さんの言葉が載っています。以下記事の書き写し。

< 先日、紙の保険証が届いた東京都杉並区の村田尚子さん(84)は訴える。 「役所からマイナ保険証のチラシが来るが、読んでもよく分からない。今の保険証で何の不便もないのに、なぜ変えなきゃいけないの。国がやっているのは、まるで弱者切り捨て。高齢者のことをどこまで考えているんでしょうか」>          東東京新聞は、編集部に「マイナ保険証取材班」を置いて、マイナ保険証の問題点を報じ続けています。

 国民の側から要望が出たわけではないのに、一体誰のためにマイナ保険証(マイナカード)などというものを、多額の税金(国民の財産)を使って作るのか。誰かがどこかで「得をしている」「儲けている」のでしょうね。まったく、本来は国民のために行われるはずの「政治」というものが、すべてひとにぎりの誰かのために行われているように思えてならない。政治に使われる金(国の予算)はすべて国民の金。「裏金」などといういかがわしい仕組みで自分たちの懐をあたため、国民からは「税金」をぶんどる。しかし、そんなことをする議員たちを選ぶのもまた国民なのだと思うと、やりきれない。リンカーンの言葉を思い起こす。

 人民の人民による人民のための政治  1863年11月ゲティスバーグでの演説でリンカーン大統領が語った言葉です。広辞苑には「民主政治の原則を示したもの」と書いてあります。(出典 広辞苑第7版)

 今の日本の国政は自民党の自民党による自民党のための政治です。

2024年7月25日木曜日

気まぐれブログNO3〜2024年7月25日(木)〜河童忌そして中野重治〜

🌻 現在2024年7月25日木曜日です。前回が7月17日で、昨日でも、すでに1週間の空白なので、昨日7月24日、「河童忌」(芥川龍之介の命日)に関して書こうと思ったのに、あっという間に時が過ぎ早くも7月25日。「河童忌」1日ずれましたが、書いておきます。高校時代から大学時代に、私は芥川龍之介のファンでした。「ぼんやりした不安」という遺書を残して35才の若さで命を絶ってしまったという彼に、若い私は憧れました。悩み多き青春時代「自死」という行為そのものへの憧れもありました。夜遅く歩道橋の上でひっきりなしに行き交う車のヘッドライトを眺めながら、今、ここから飛び降りたら楽に死ねるだろうかなどと思った事もあります。しかし、そんな勇気はなく、教員になってからは日々の忙しさに紛れて歩道橋の上でぼんやり下を眺めるなどという時間はなくなりました。30才で結婚、夫の病気で54才(定年6年前)に教員退職、看病生活10年で夫が逝き、そしてあっというまに84才!!!

 高校時代好感を持った男の子が太宰のファンで、太宰も読みましたが、太宰にのめり込む事はありませんでした。その後、現実に活躍している中野重治ファンとなり、就職して経済的にゆとりができた時に彼の著書を買い始め、結婚後、筑摩書房から発行が始まった1976年9月20日初版第一刷発行(筑摩書房)の「中野重治全集」第一巻から、28巻まで全巻揃えました。その他単行本も何冊か買い、我が家の蔵書の中では最も重要なものです。なお、歌詠みでもあった亡父が古本屋を営んでいた時(昭和10年代)中野重治や佐多稲子などプロレタリア作家と交流があり、中野重治が「斎藤茂吉ノオト」(昭和16年6月30日発行筑摩書房)執筆の際、中野に頼まれて斉藤茂吉に関する資料集めを手伝った事があり、本ができた時にその1冊を「お礼」としてもらったという話を聞きました。父は、資料集めに随分金がかかったのに、お礼にといって著書1冊くれただけだったと、嘆いていました。父も重治も今は亡き人なので真偽のほどはわかりませんが、おかげで、その大切な1冊が、今でも私の手元にあるのです。私にとっての宝物です。

 芥川と中野重治については、書きたい事が山々ありますが、この辺で。

2024年7月23日夕焼け

2階の窓から19時3分

追記

35才の芥川の死 1927年

この年

1902年生まれの中野は25才

1899年生まれの父は28才

2024年7月17日水曜日

気まぐれブログNO.2〜2024年7月17日(水)〜トランプ襲撃とメジャーリーグオールスター戦、そして、桐生悠々〜

 😓😓😓 今日は、きのうのトランプ襲撃とメジャーリーグオールスター戦とがテレビや新聞を賑わしていますが、その二つの事柄をほとんど同時に伝えるテレビというものは何なのかなあ。すべてあっというまに風のごとく過ぎていくのかな。

 気まぐれとはいうものの、あっというまに1週間も休んだとは、われながら、なんとも言い訳しようのないみっともない姿ですね。どうしてこう、時間の経つのが早いのか、不思議です。その上、その時間内に何をしていたのか、外出もせず文字通り「認知症ばーちゃん」でぼんやりしていたのかなあと、「恐怖」を感じますね。「言いたい事、言わねばならぬ事」を言うのだ、書くのだと、尊敬する「桐生悠々」の言葉を真似て始めたブログ、それが今、このテイタラクでは、本家本元の「桐生悠々」氏に申し訳ありませんね。泉下で「困ったものだね」と苦笑いなさっていらっしゃるでしょう。「桐生先生、すみません」

 ところで、世の中には「言いたい事、言わねばならぬ事」が星の数ほどあるのに、なかなかまとまりません。我が才能のなさを嘆くばかりですが、それにしても、なぜこんなにも「ホモサピエンスの劣化」が急速に激しくなってしまったのか。今、一番、怒り悲しみ嘆きの入り混じった感情に襲われるのは「イスラエルによるガザの学校や病院(つまり最も弱い人たち、つまり病人や。子どもたち)を標的にした爆撃です。怒りで気が狂いそうですが、何もできない自分が情けなく、パソコンに向かう気力も失せそう。

 でも、今日という日(2024年7月17日)に私は何を思ったのか、時とともに、忘れそうなので書いています。

 あの太平洋戦争の最中に「関東防空大演習を嗤ふ」(昭和8年=1933年 8月11日 信濃毎日新聞社説)を書いた桐生悠々。手元にある2冊の桐生悠々の伝記 <井出孫六著「抵抗の新聞人 桐生悠々」岩波新書アンコール復刊>とこの伝記の<岩波現代文庫>版(この文庫の解説は、青木理さん〜井出孫六さんも青木理さんも私の郷里「信州佐久の人」〜)を読み返して、このブログを書いています。

 現在、後世に残る、残さねばならない出来事が世界中で起きているけれど、何年も何十年経ってからも、読み継がれる新聞記事やジャーナリストの言説があるだろうか。桐生悠々のようなジャーナリストはいるかしら。青木理さんは私にとっては高校の後輩に当たるという事もあって、大いに期待しています。彼の著書は現在手元に数冊あります。彼はテレビの報道番組でも活躍していますね。

2024年7月10日水曜日

再開ブログを「気まぐれブログ」に改名 NO.1〜2024年7月10日(水)〜

 🌻 再三「朝令暮改」を重ね、その上年中休んだり、飛ばしたり、もうブログ続ける権利?はないね!(T . T) きょうからはその名も「気まぐれブログ」にして、ほんとうに、気が向いたときに現れることに。1日置きでも、1週間休んでも、気にしなために、タイトルを「気まぐれブログ」とします。きょうは、「気まぐれブログNO.1です。1週間に1度くらいは、現れるでしょうから、何かのおついでに、パソコンなり、スマホなりで、覗いてみてくだされば嬉しいけれどまあ、せっかく覗いても何もなかったということにもなりかねません、すみません😓

🌻 ところで、2024年7月10日も世の中は嫌なニュースばかりです。

 東京新聞1面トップ記事は、<PFASを追う>として<横田漏出「非公表」日米で合意><報道経緯を問題視 米側要請><昨年1月事故 自治体伝達方針を一転>1面左側の大見出しは<強制不妊新法で補償へ><超党派議連 首相17日原告側に謝罪>今頃謝ったってねえ。

 毎日新聞の1面は、<ウクライナ7兆円支援 NATO継続表明へ 首脳会議> 3面にCUクローズアップ <海自ヘリ「互いの距離誤認」><衝突2分前までは認識><墜落調査結果><強制不妊新法で補償><超党派議連方針 原告以外も対象><最高裁長官に今崎氏>

🌻 1面見出しだけ見ても「あ〜あ」とため息が出る。さらに、東京新聞「こちら特報部」では今回の都知事選での「度がすぎる政見放送」を取り上げている。今回私は、ポスターもほとんど見ず、政見放送も1度も見なかたし聞かなかった。有権者の権利放棄。20歳で選挙権を得てから今までの各種選挙で、今回ほど無関心だったことはない。なぜ、そんな人間になったのか。自分でもわからない。もう、この世界にいるのが嫌になったということか。ホモサピエンス世界は嫌だけれど、空や雲や太陽や月や星は大好きなのだから、もう少しこの世に在ることを喜ぶべきかしら。                                    ところで、下の写真は去年7月7日の毎日新聞4面に全面広告で載ったものです。ずっと玄関から居間に入る廊下の壁に貼ってあります。

2024年7月9日火曜日

再開ブログNO.40〜2024年7月9日(火)〜ごめんなさい〜

🌻  暑さにも、ホモサピエンスにも、世界の情勢にも、何もかも「げんなり」という言葉がぴったり。自分がこの世に在るることの意味がわからない、というか、本気でこんな地球にはいたくない。じゃあ、どこに行けばいいのか、どこにも行くところはない。まったく困ったことです。とにかく84年と7ヶ月と13日目の今日、2024年7月9日(火)13時50分の今、頭はからっぽ。と書きながらも、時事刻々と時は過ぎていく。

🌻 結局、都民の多くは、自分たちの現在と未来を小池百合子に託した。となると今後の東京でも暮らしに光は見えない。今の私は、自分でも驚くほど、10年ほど前の私が見たら腰を抜かすほど、堕落したばあちゃんにになった。困ったことだと思いながらも、気を取り直して、しゃんとした人間になろうという気も起きない。こんなにだらしなく、いい加減な人間になった自分に驚くけれど、一念発起してきちんとした人間になろう、立ち直ろうという気も起きない。こんな情けないブログを読んでくださる方には、申し訳ありませんと謝るほかはありません。ゴメンなさい。

 1年前はどうだったかなと過去の記事を見てみたら、以下の内容だった。

N0.915〜2023年7月9日(日)〜酷すぎる話〜

 🌻 こんなことってあるのかと思いながら、日が過ぎてしまったけれど、やっぱり書いておきたい。6月29日(木)東京新聞朝刊1面トップ記事。

マイナ保険証に追い込まれ

かかりつけ医  廃業瀬戸際

閉院届け 全国1100件 3月

ぞっとした。私の日常に最も関連のある事態だ。

 結局、政府(国と言い換えてもいい)は、「今だけ金だけ自分だけ」を基本に動いているのだということがはっきりする出来事だ。こんな国に生きて行きたくないなあと思うけれど、まあ私の寿命は、どう長くても後数年だろう。しかし、現在20歳未満の若い人たちは、一体どんな世の中に生きていくのだろう。日頃ホモサピエンスの劣化を口にしてきたけれど、いよいよそれが現実のこととして、目の前に現れた気がする。とても今よりもっと人間らしい世の中になるとは思えない。そんな世の中にしたのは、あなたたち年寄りの責任だと言われるだろうけれど、私個人としては、その都度、国のリーダーたちの間違ったあり方と思えることにノーと言い続けてきた。そのため、大学時代や30年余りの教員時代でも常に少数派だった。現在は、ごく少数の親しい友人との繋がりはあるが、社会的活動は全くしていない。同世代の人々とのグループとしての交流もない。だから世の中のいわゆる高齢者と言われる人々がどんな思いで生きているのか詳しくは知らない。

 書棚に1995年3月25日 毎日新聞社発行「毎日ムック<戦後50年>」という分厚い1冊がある。(重さ約1・5キロ!)。時々我が青春時代を思い起こして1960年代をめくっている。60年安保で挫折したが、しかし、未来に希望が持てた。80歳を過ぎて、ホモサピエンスの黄昏を実感するとは思ってもいなかった。

 今日7月9日(日)の東京新聞4面に「米がクラスター弾供与」の見出しの記事、さらに、5面「時代を読む」で田中優子(法政大学名誉教授・前総長)さんの「差別増進法施行」を読み、本当にホモサピエンスの劣化、黄昏を実感した。田中優子さんが日本国の首相になったらいいのになあ。(ここまで1年前のブログの記事)

🌻 1年後の今日(2024年7月9日〜火〜)も、まだ書棚には1995年3月25日 毎日新聞社発行「毎日ムック<戦後50年>が置いてある(下の写真)懐かしいなあ。しかしこの1年で、世の中は、進歩したどころか、かなり退歩していると思う。私自身もかなり退歩している。今回の都知事選挙にしても、その結果を見ても、将来への希望も持てないし、若者に「より良い時代を残せた」という思いもない。むしろ、こんな世の中を残して申し訳ないと思う。その都度、自分の置かれた場で、最善を尽くしてきたという自負はあるが、結果として残せなかったのだから、ただ謝るしかない。




2024年7月5日金曜日

再開ブログNO.39〜2024年7月5日(金)〜小さな庭の生き物たち〜

🌻 何を食べて生きているやら、仲間がいるやら、わかりませんが、この時期玄関を開けて出ると、チョロチョロっと藪の中に逃げ込んだり、花が咲くとヒラヒラと飛んできたり、小さな命の営みが見られます。この命たちは、同じ地球上で、もしかしたら自分たちの命をも脅かしかねない恐ろしいことをしようとしている、現に世界のあるところでは自分たちの仲間の命を奪っている、そんなホモサピエンスという怪物がうごめいていることを知る由もないでしょうね。庭の小さな命といえども、私の力では生み出すことすらできない。カナヘビも、カタツムリも、カマキリも、アゲハチョウも、私には絶対に生み出すことはできない、そう思うと本当に愛しい。あなたはどこから来て、この庭からどこに行くのかしら、そんなことを心の内でつぶやきながらスマホを向ける私です。











🌻 ほんとうに、どうしてもわからないのは、なぜ世界中で「戦争」や「戦争準備」がなくならないのかということ。ホモサピエンスがこの地球という星に現れた頃から、長い長い時間が過ぎて行ったのに、どうして、恐ろしい武器を次々に生み出して、気に入らない相手を殲滅しようという考えを捨てられないのかなあ。21世紀の今、ホモサピエンス全体がどこかで誰かとつながっている。国と国も、米ロのような大国の何万何億という人々も、小さな島に暮らす人も、地球の人間たちはどこかで網の目のようにつながっているのだ。いいかげん、戦争に勝てば豊かになるみたいな、馬鹿げた幻を追うのは止めたらどうかね。小さな庭のカマキリやカタツムリたちが、人間という連中はどうしようも無いアホだねえと笑っているよ。



























2024年7月4日木曜日

再開ブログNO.38〜2024年7月4日(木)〜父の誕生日〜

 🌻 亡き父の誕生日。2021年7月4日のブログの再掲です。

🌻 7月4日亡き父の誕生日(1899年7月4日生まれ)

* 父は、自分の誕生日がアメリカ独立記念日と同じ日だというのが自慢だった。なぜそう思ったのかよくわからないが、子どもの頃、よくそんなことを聞かされたので、アメリカ独立記念日が7月4日ということは小学校低学年の頃から知っていた。そのせいか、リンカーン大統領にも興味を持って、リンカーンの伝記もその頃読んだ気がする。

 母は、10月30日生まれ(1902年)で、やはり子どもの頃「私の誕生日は教育勅語と同じ日だよ」と言っていたので、「教育勅語」のなんたるかも分からず「明治二十三年十月三十日御名御璽」という言葉だけは覚えた。内容は知らなかったが、中学生になって日本歴史を学ぶ頃には「教育勅語」は教えられることもなかった。アメリカ独立記念日と教育勅語、変な取り合わせだが、父母の誕生日はこんなことで、忘れることはなかった。

 その両親の命日も忘れられない日になった。父は1979年3月3日、母は1986年12月24日に亡くなった。なんとまあ、父はひな祭りの日、母はクリスマスイヴ。アメリカ独立記念日に生まれた父がひな祭りに亡くなり、御名御璽の日に生まれた母が、クリスマスイブに亡くなったとは、不思議な取り合わせ。

 下の二枚は、父が残した画帳に書いてあった絵です。

 シャクナゲとコマクサの写生画。父は歌詠みだったけれど、こんな風な絵を描くのも好きだったみたい。今から60年くらい前の絵ですね。

                  



🌻 ここからは、現在つまり2024年7月4日の記述です。今日の東京は暑かったけれど、日本中どこも暑かったみたいですね。これからしばらくは、暑さとの戦いね。同じ戦いでも、ミサイル攻撃に怯えながらの日々を送っているガザやウクライナのことを思えば文句は言えないけれど、それにしても、世界中で右派が勢力を増していて、ますます世界戦争の危険が現実味を帯びてきたような不気味さを感じます。やっぱりホモサピエンスという生き物全体が終焉に向かっているのかも。

 両親も夫も、亡くなったのは悲しいけれど、今現在のようなホモサピエンス社会を見ずに逝くことができてよかったねと思う。ほんとうに、今現在のような人類社会を見たくなかった。新札ができて発行されて、それを手に入れたくて行列するという、そういう人々の気持ちが全く理解できません。新しいお札を作るための費用はどこから誰が出すのか。キャッスレス時代に入っているのに、なんで新札を作るのか、理解できない。私は現金派だけれど、何も新札じゃなくてもいいのにと思う。

2024年7月3日水曜日

再開ブログNO.37〜2024年7月3日(水)〜毎日、東京両紙1面見出し抜き書き〜

 🌻 毎日新聞、東京新聞両紙1面の見出しを見ただけで、生きているのが嫌になるような気分。夫の没後20年の今年、本気で、そろそろ神様でも、仏様でも、夫の元に連れて行ってくれないかなあと思います。以下毎日東京両紙の1面見出し。

毎日 最初の大見出しは <防衛省AI活用に7分野 初の方針 標的探知、情報分析> つぎに <新紙幣今日発行>  左側に <トランプ氏 公的行為 「免責」 米最高際差し戻し さらに公判遅れ> さらにその下に小さい見出しで <円安一時106円台後半 米長期金利上昇 38年ぶり水準>

東京 <都知事選24 7/7現場から 大消費地の都議論低調 東電・柏崎刈羽の再稼動> <福島からの避難者 「本当に必要か」> <用語解説、東京電力柏崎刈羽原発> <横田オスプレイ飛行再開 7ヶ月ぶり 墜落事故機と同型> <きょうから新しい顔>   

以上書き出しましたが、これじゃ記事の内容を正しく伝えられません。紙面の写真を載せられないのが残念無念です。(あらかじめ、新聞社に電話して許可を得ればいいのかなあ?)なお、毎日のコラム、東京のコラムと演劇講座のお知らせと佐藤正明さんの漫画はカットしました。

🌻 7月になって早3日ですが、心の張れるニュースはありません。

今午後4時を回ったところ、夕刊が来ました。

毎日1面トップ見出しは、<新しい「顔』52億枚出発 紙幣発行取扱開始へ> 

東京1面トップは<大曲の花火 目指すは世界一 5日、カナダの大会出場>

🌻 現在の時刻は、午後4時12分。あすからは、きちんと投稿できるといいなあ。お口直しになりますかどうか、金柑の花が咲きましたので、スナップを。枝を落としたそのキリ口から新芽が出て、そこに花が咲いたのです。植物の生命力に感激!!!




再開ブログNO.36〜2024年6月30日(日)〜今年も半分過ぎましたね〜

🌻 今日、6月30日は、っきりしないお天気の1日でしたが、昨日、夫の祥月命日も無事に過ぎ、ここまでなんとか元気に生きてきたことをありがたく思います。

  去年の今日のブログには何を書いていたのかと見てみると以下のようなことが書いてありました。以下は2023年6月30日のブログです。 

 🌻 19年前2004年は、どんな世の中だったかと思い出しています。検索したところ、2004年の「今年の漢字」は「災害」の多い年だったので「災」になったんですって。私の人生にとって、最も悲しい年だったんですが、その年の漢字が「災」だったとは。「災害」の中でも「新潟中越地震」「浅間山噴火」など。また台風も10個上陸し、各地に大きな被害をもたらしたとのこと。私自身は夫の死と、その後にしなくてはならないさまざまなことを進めるのに無我夢中で、世の中の出来事についてはほとんど覚えていません。今、検索してみて、ああそんなこともあった年だったのだなと改めて頷いています。でも、一番思うことは、64歳の私が83歳になったんだということ。30歳で結婚して共に過ごした34年、そして一人になって19年。共に過ごした日々の半分以上の時間を一人で過ごしてきたんだと思うと感慨深いものがあります。 この先、どんな人生が待っているのかわかりませんが、あちらで彼と再会した時に、胸を張って報告できるようでありたいなと願っています。

🌻 20年前の「今年の漢字」は「災害の災」だったのですね。20年後の今年の漢字も「災害の災の字」じゃないかしら。人の世も自然界も、ことしも「災」がふさわしいようです。ウクライナやガザに見るように「災害」といっても、すべて「人災」です。人間のなせる災害、いつまで待ったら、人間が人間社会に災いをもたらすという、ヤバンなことを終わらせることができるのかな。(ここまでの内容の公開ボタンを押したのが今日7月3日なので投稿日時と公開日時がずれています。😢😢😢

この写真は今年の6月24日の姿です