2024年7月5日金曜日

再開ブログNO.39〜2024年7月5日(金)〜小さな庭の生き物たち〜

🌻 何を食べて生きているやら、仲間がいるやら、わかりませんが、この時期玄関を開けて出ると、チョロチョロっと藪の中に逃げ込んだり、花が咲くとヒラヒラと飛んできたり、小さな命の営みが見られます。この命たちは、同じ地球上で、もしかしたら自分たちの命をも脅かしかねない恐ろしいことをしようとしている、現に世界のあるところでは自分たちの仲間の命を奪っている、そんなホモサピエンスという怪物がうごめいていることを知る由もないでしょうね。庭の小さな命といえども、私の力では生み出すことすらできない。カナヘビも、カタツムリも、カマキリも、アゲハチョウも、私には絶対に生み出すことはできない、そう思うと本当に愛しい。あなたはどこから来て、この庭からどこに行くのかしら、そんなことを心の内でつぶやきながらスマホを向ける私です。











🌻 ほんとうに、どうしてもわからないのは、なぜ世界中で「戦争」や「戦争準備」がなくならないのかということ。ホモサピエンスがこの地球という星に現れた頃から、長い長い時間が過ぎて行ったのに、どうして、恐ろしい武器を次々に生み出して、気に入らない相手を殲滅しようという考えを捨てられないのかなあ。21世紀の今、ホモサピエンス全体がどこかで誰かとつながっている。国と国も、米ロのような大国の何万何億という人々も、小さな島に暮らす人も、地球の人間たちはどこかで網の目のようにつながっているのだ。いいかげん、戦争に勝てば豊かになるみたいな、馬鹿げた幻を追うのは止めたらどうかね。小さな庭のカマキリやカタツムリたちが、人間という連中はどうしようも無いアホだねえと笑っているよ。



























2024年7月4日木曜日

再開ブログNO.38〜2024年7月4日(木)〜父の誕生日〜

 🌻 亡き父の誕生日。2021年7月4日のブログの再掲です。

🌻 7月4日亡き父の誕生日(1899年7月4日生まれ)

* 父は、自分の誕生日がアメリカ独立記念日と同じ日だというのが自慢だった。なぜそう思ったのかよくわからないが、子どもの頃、よくそんなことを聞かされたので、アメリカ独立記念日が7月4日ということは小学校低学年の頃から知っていた。そのせいか、リンカーン大統領にも興味を持って、リンカーンの伝記もその頃読んだ気がする。

 母は、10月30日生まれ(1902年)で、やはり子どもの頃「私の誕生日は教育勅語と同じ日だよ」と言っていたので、「教育勅語」のなんたるかも分からず「明治二十三年十月三十日御名御璽」という言葉だけは覚えた。内容は知らなかったが、中学生になって日本歴史を学ぶ頃には「教育勅語」は教えられることもなかった。アメリカ独立記念日と教育勅語、変な取り合わせだが、父母の誕生日はこんなことで、忘れることはなかった。

 その両親の命日も忘れられない日になった。父は1979年3月3日、母は1986年12月24日に亡くなった。なんとまあ、父はひな祭りの日、母はクリスマスイヴ。アメリカ独立記念日に生まれた父がひな祭りに亡くなり、御名御璽の日に生まれた母が、クリスマスイブに亡くなったとは、不思議な取り合わせ。

 下の二枚は、父が残した画帳に書いてあった絵です。

 シャクナゲとコマクサの写生画。父は歌詠みだったけれど、こんな風な絵を描くのも好きだったみたい。今から60年くらい前の絵ですね。

                  



🌻 ここからは、現在つまり2024年7月4日の記述です。今日の東京は暑かったけれど、日本中どこも暑かったみたいですね。これからしばらくは、暑さとの戦いね。同じ戦いでも、ミサイル攻撃に怯えながらの日々を送っているガザやウクライナのことを思えば文句は言えないけれど、それにしても、世界中で右派が勢力を増していて、ますます世界戦争の危険が現実味を帯びてきたような不気味さを感じます。やっぱりホモサピエンスという生き物全体が終焉に向かっているのかも。

 両親も夫も、亡くなったのは悲しいけれど、今現在のようなホモサピエンス社会を見ずに逝くことができてよかったねと思う。ほんとうに、今現在のような人類社会を見たくなかった。新札ができて発行されて、それを手に入れたくて行列するという、そういう人々の気持ちが全く理解できません。新しいお札を作るための費用はどこから誰が出すのか。キャッスレス時代に入っているのに、なんで新札を作るのか、理解できない。私は現金派だけれど、何も新札じゃなくてもいいのにと思う。

2024年7月3日水曜日

再開ブログNO.37〜2024年7月3日(水)〜毎日、東京両紙1面見出し抜き書き〜

 🌻 毎日新聞、東京新聞両紙1面の見出しを見ただけで、生きているのが嫌になるような気分。夫の没後20年の今年、本気で、そろそろ神様でも、仏様でも、夫の元に連れて行ってくれないかなあと思います。以下毎日東京両紙の1面見出し。

毎日 最初の大見出しは <防衛省AI活用に7分野 初の方針 標的探知、情報分析> つぎに <新紙幣今日発行>  左側に <トランプ氏 公的行為 「免責」 米最高際差し戻し さらに公判遅れ> さらにその下に小さい見出しで <円安一時106円台後半 米長期金利上昇 38年ぶり水準>

東京 <都知事選24 7/7現場から 大消費地の都議論低調 東電・柏崎刈羽の再稼動> <福島からの避難者 「本当に必要か」> <用語解説、東京電力柏崎刈羽原発> <横田オスプレイ飛行再開 7ヶ月ぶり 墜落事故機と同型> <きょうから新しい顔>   

以上書き出しましたが、これじゃ記事の内容を正しく伝えられません。紙面の写真を載せられないのが残念無念です。(あらかじめ、新聞社に電話して許可を得ればいいのかなあ?)なお、毎日のコラム、東京のコラムと演劇講座のお知らせと佐藤正明さんの漫画はカットしました。

🌻 7月になって早3日ですが、心の張れるニュースはありません。

今午後4時を回ったところ、夕刊が来ました。

毎日1面トップ見出しは、<新しい「顔』52億枚出発 紙幣発行取扱開始へ> 

東京1面トップは<大曲の花火 目指すは世界一 5日、カナダの大会出場>

🌻 現在の時刻は、午後4時12分。あすからは、きちんと投稿できるといいなあ。お口直しになりますかどうか、金柑の花が咲きましたので、スナップを。枝を落としたそのキリ口から新芽が出て、そこに花が咲いたのです。植物の生命力に感激!!!




再開ブログNO.36〜2024年6月30日(日)〜今年も半分過ぎましたね〜

🌻 今日、6月30日は、っきりしないお天気の1日でしたが、昨日、夫の祥月命日も無事に過ぎ、ここまでなんとか元気に生きてきたことをありがたく思います。

  去年の今日のブログには何を書いていたのかと見てみると以下のようなことが書いてありました。以下は2023年6月30日のブログです。 

 🌻 19年前2004年は、どんな世の中だったかと思い出しています。検索したところ、2004年の「今年の漢字」は「災害」の多い年だったので「災」になったんですって。私の人生にとって、最も悲しい年だったんですが、その年の漢字が「災」だったとは。「災害」の中でも「新潟中越地震」「浅間山噴火」など。また台風も10個上陸し、各地に大きな被害をもたらしたとのこと。私自身は夫の死と、その後にしなくてはならないさまざまなことを進めるのに無我夢中で、世の中の出来事についてはほとんど覚えていません。今、検索してみて、ああそんなこともあった年だったのだなと改めて頷いています。でも、一番思うことは、64歳の私が83歳になったんだということ。30歳で結婚して共に過ごした34年、そして一人になって19年。共に過ごした日々の半分以上の時間を一人で過ごしてきたんだと思うと感慨深いものがあります。 この先、どんな人生が待っているのかわかりませんが、あちらで彼と再会した時に、胸を張って報告できるようでありたいなと願っています。

🌻 20年前の「今年の漢字」は「災害の災」だったのですね。20年後の今年の漢字も「災害の災の字」じゃないかしら。人の世も自然界も、ことしも「災」がふさわしいようです。ウクライナやガザに見るように「災害」といっても、すべて「人災」です。人間のなせる災害、いつまで待ったら、人間が人間社会に災いをもたらすという、ヤバンなことを終わらせることができるのかな。(ここまでの内容の公開ボタンを押したのが今日7月3日なので投稿日時と公開日時がずれています。😢😢😢

この写真は今年の6月24日の姿です