🌻 8月も2日、ホモサピエンス社会は相変わらず希望のかけらもない。むしろますます情けない方向に向かっている。若い頃は、世の中は、いくらかずつでも、希望に向かって進んでいくと思っていたけれど、最近は、希望という言葉が色褪せて聞こえる。これからホモサピエンス社会に出て行こうとしている幼子たちに、本当に申し訳ないと思うけれど、どうしようもない。夫の病気のために「定年(60歳)」を待たずに54歳で教職を退職し、それから86歳7ヶ月まで(今年11月26日が来れば87歳)生きてきたが、ホモサピエンス社会は、年々おかしくなっている。なぜそうなってしまったのか、わからない。進歩発展の限界を過ぎて、今後は、今までの遺産を食い潰しながら、暗い未来に向かっていくのか。そんな無責任なことを言ったら「バチが当たる」と思うけれど、年毎にホモサピエンス社会から明るい未来がぼやけて行くような、嫌な予感がする。どんなに希望的観測をしても、あと数年でこの世からおさらばするであろう私自身は、それでもいいが、今現在産声を上げた赤ちゃんから、未成年の人たちに責任を追及されたら、どう答えられるだろうか。個人的には、「世の中が明るい未来に向かっていくように」がんばってきたつもりだけれど、2026年8月のこの地球の現状を見ると、とても、若い人たちに、胸を張って「素晴らしい地球」をわたすことはできない。
1945年8月15日を思い出す。高田馬場で「古本屋」を開いていた我が両親は、45年3月の「東京大空襲」のあと、命からがら、父の故郷(長野県小海村)への疎開を決意し、4月にまず母が幼子(5歳の私、2歳の弟)を連れ満員列車で疎開した。当時、母は、末の子(妹)を孕っていた。妹は戦後〜1945年10月8日疎開先で生まれた。今現在は、わがやから、徒歩20分余りのところに住んでいて、一人暮らしの姉の私を気遣って、毎朝訪ねてきてくれる。本当にありがたい!