* 雪の様子をお知らせするので、今日はこのあと何回か投稿する予定。
* さっきアップした写真(14時13分の雪)
* 2時間ちょっとたった16時32分の姿
* 雪の様子をお知らせするので、今日はこのあと何回か投稿する予定。
* さっきアップした写真(14時13分の雪)
* 2時間ちょっとたった16時32分の姿
🌻 東京新聞の新年企画「壁 越えて」 で、知り合いの記者「奥野斐」さんが、力のこもった記事を書いています。今日はその4回目。一昨日3日の、第2回の記事について、かずちゃんからつぎのような感想メールが来ました。
📨 23面奥野斐さんの署名記事、素晴らしいですね。(おそらく奥野さん撮影の)写真も記事の主旨も、最後部分の記事連載への姿勢表明も素晴らしいなあと思いました。期待です。仕事に、「油の載りきった奥野さんの世界」を感じました。
奥野さんに、伝えたら、よろこんでくれました。
奥野斐さんはツイッターでも様々な発信をしています。東京新聞本紙や、奥野さんのツイッターなどで壁を乗り越えていく人々の現状をご覧ください。
左は毎日朝刊1面。
右は東京夕刊1面。
朝刊が来た時、東京朝刊全紙面をくまなく探したがこの記事はなかったので、驚いたが、夕刊に出た。
毎日は<ニューヨーク隈俊之>の署名記事。
東京は<ワシントン金杉貴雄、ニューヨーク杉藤貴浩>の署名記事
毎日は、核保有五大国を米露英仏中と書き、東京は、米国、中国、ロシア、英国、フランスと書く。こんなちょっとしたことでも、新聞によって、保有国の順序と表記が違うのは面白いな。順序の違いは何を指すのかな?
それはともかく、なぜ、東京は朝刊に、間に合わなかったのかしら。
同じことを伝えるのに見出しのつけ方も違うのが興味深い。全人類、いや、地球そのものを破壊する核戦争のことを書くのに「興味深い」なんて言っちゃ、不謹慎かもね。でも、
「5大国、核戦争否定声明」というのと
「核戦争回避へ共同声明」というのとでは、
大分ニュアンスが違いますよ。どちらが、より強く
「核戦争は絶対にしないぞ!」と訴えるかな。
「ま、いずれにしてもこの声明が永久に力を持つか、あっというまに反故にされるか、
楽観はできないな」 と、ペシミストの白髪ばーちゃんは、思うのです。
と言うのもね、持ってしまった以上は、使いたくなるのが人情。ホモサピエンス出現から説き起こさなくても、ついこのあいだも、アメリカで核のボタンを押す危険があったという報道に接したんだもの。どこかで誰かが一発ボタンを押しちゃったら、世界中に核爆弾が降り注ぐ。それにね、核保有5大国の仲間入りをしたいと思っている愚かな人間が、政権の中枢にもいるらしい国もある。(それはどこかな?!)
ミミズもゴキブリもアメンボもカラスもスズメもタンポポもスミレも息を潜めて、どうか、人間様よ、核戦争はしないでくださいねと祈っているでしょう。
2ヶ月後の今年1月3日も元気です。私も元気です。
それからちょっと自慢になりますが、この鉢は、
ハンガリーのヘレンド(世界的に有名なブランド)。
50年ほど昔、当時、お父さんの仕事でポーランドにいた教え子のお母さんが帰国時に記念にと買ってきてくださったもの。我が家の宝物。
* 今日のおまけ *
東京の今日の社説「官僚たちの劣化を問う」〜年のはじめに考える〜に、違和感を覚える。もちろん官僚の劣化は目に余る。しかしながら、劣化しているのは官僚だけか。メディアはどうなのか。新聞テレビ週刊誌などなど、去年はオリパラにせよ、皇室問題にせよ、自民党総裁選にせよ、私はメディアの劣化を感じたことが多かった。今日の社説の結びは、「民主主義を動かす『基本ソフト(OS)』ともいうべき政治家と官僚のあり方を深堀りする一年にしたいと強く思っています。」としている。その上で、メディアのあり方、権力批判をするのがメディアの役目ということを肝に銘じてほしい。「言わねばならぬこと」(桐生悠々)を言い続けているか。東京新聞を含むメディアの姿勢も「深堀り」してくださいね。
🌻 さて、今年も早くも1月3日です。東京は晴天に恵まれていますが、雪の多い地方や、寒さ厳しい地方のみなさんのご苦労は、大変でしょうね。子どもの頃、6人きょうだいの上の3人は東京に出て、父母のもとには、私と弟と妹がいました。私が中学3年の正月は、父が病気で、私が弟と妹を連れて、雪の積もっている山から、お正月用の松の枝を切りに行ったことを思い出します。また、冬の間、村には火の用心の夜回りの仕事があって、病気の父の代わりに私が大人に混じって夜回りに出ました。高校受験を前にした中学3年の女子が大人の男たちと一緒に夜回りをしたなんて、今なら児童虐待ですよね(😂)誰か出ないと「出不足(でぶそく)」といって、幾らかのお金を払わなければならなかったのです。うちは貧乏で、たとえ100円でも余分なお金はなかったので、私が出たのです。零下20度近くになる夜道を隣のおじさんと一緒に「チリンチリン、カチカチ」と鈴や拍子木を鳴らして村の道を歩きました。そんな経験も、今思えば心身を鍛えてくれたのかもしれません。
ところで、今日の新聞記事の中で、一番気になったのは、沖縄問題です。左の表は、東京新聞2面「核心」記事中の表です。記事の見出しは、
<沖縄復帰50年 首長選次々><新基地争点 問われる首相の「聞く力」>
辺野古埋め立てについては、もっともっとメディアが大きく取り上げるべき。
国民全体として、沖縄を我がこととして考えるべき。
おまけの写真です。1月3日の我が家の二階から見た6時55分の東の空と玄関に飾った花。水仙、千両、松の枝、すべて庭にあるもの。
* 今日1月2日は「新聞休刊日」です。昨日1日の社説は、今年の新聞社のあり方を示すと言ってもいいと思いますので、購読3紙社説のタイトルを。3社三様。あえて私の意見は書きません。今後の報道を注意深く見ていこうと思います。タイトルだけ書き写します。内容は想像してね。
* <東京、毎日、赤旗(購読3紙)の1月1日の社説>〜赤旗は「主張』〜
<東京> 社説は5面左側
タイトル 「ほどほど」という叡智
年の初めに考える
<毎日> 社説は2面右側
タイトル 再生’22 民主政治と市民社会
つなぎ合う力が試される
<赤旗> 主張は2面右側
タイトル 22年の幕開け
新しい政治実現へ希望の年に
* ほんとうにどんな年になるのでしょうね。何があっても、戦争だけはごめんです。今日の写真は、1月2日の朝6時50分、日の出前の空と、庭の沈丁花のつぼみ。
6時1分、二階の窓から東の空を見たら、善福寺緑地公園の森の向こうに月齢27.6の月がきれいに見えました。こんな月を見たのは初めて!
それから1時間11分後、7時12分同じ窓から初日の出を。
この善福寺緑地公園の森は、春夏秋冬、1年を通して楽しませてくれます。善福寺川には、水鳥の姿も見られ、新宿や渋谷、吉祥寺といった繁華街にも近い(30分ほどで行ける)のに、四季折々の自然が楽しめるところに住んでいる幸せを思います。住み始めた50年前は、まだ周囲に畑も残っていましたが、さすがに現在はすべて住宅になってしまいました。
午前10時過ぎ、たくさんの方からのお年賀状をいただきました。ありがとうございます。82歳の一人暮らしの年寄りが、元旦にたくさんのお年賀状を頂ける幸せを思います。
私事ですが、一昨年の腰椎骨折という大怪我から1年半、ほんとうにお蔭様で現在は歩行その他日常生活になんの問題もなく、元気に暮らしています。
昨年の皆様のお年賀状へのお礼のお便りを差し上げてからひと月余りのち、2021年2月17日は、年若い親友の1周忌でした。その時、自分の人生も何が起きるかわからないなと思って、ブログを始めました。お年賀状をいただいたみなさまに、私の日常をお知らせすることで、私の身に何が起きても「あああの人も逝ったか」と思っていただけるのではないかと思ったのです。日々の暮らしのなかで、お手紙やメールやお電話での近況報告は、皆様にもご迷惑なこともあろうかと思い、ブログであれば、皆様のお手すきの時にちょっと覗いていただけるのではないかと考えました。公開はしていますが、コメント受付はしておりません。不特定多数の方々との交流は、今更する気力、体力はありません。お年賀状をくださった方から、メールなどでご意見やご感想をいただけるのは、大変嬉しくありがたいと思います。よろしくお願いいたします。(余談ですが、一人になってからは、新聞への投稿をしていまして、40回ほど掲載されましたが、ある時、職業欄に無職と書きましたら「元小学校教員」と書くように言われて、嫌になって投稿はやめました。なぜ無職じゃいけないのかな?)
また、私は、コロナの状況に関わらず、ほとんど引きこもり生活です。徒歩10分ほどのところで日常生活に必要な買い物はできますし、内科医、理髪店(ヘアカットは美容院でなく理髪店でしています)もあり、15分〜20分歩けば、区役所、銀行、郵便局、警察署、税務署、清掃事務所などに行けます。また、コミュニティバスで阿佐ヶ谷駅、書店、歯科医、眼科医にも通えます。というわけで、ここしばらく、電車に乗ったことがありません。家にいて、庭いじりやテレビ(JCOM加入なので、たくさんのチャンネルで好きな映画やミステリドラマなど見ることができます)、読書、パソコン麻雀、などなどで、退屈することはありません。というわけですので、お近くにいらした時は是非お声をお掛け下さい。もっとも今のところ、スマホデビューはしていませんので、電話は固定電話のみですが。
長くなりました。皆様のご健康とお幸せをお祈り申し上げます。