2023年1月8日日曜日

NO.760〜2023年1月8日(日)〜上天気なのに体調不良(情けない!)〜

 😢 今年のお正月は、東京はいいお天気が続きます。それなのに、プロテアナオコばーちゃんは、すっきりせず。去年は1月12日に「帯状疱疹につきしばらくブログお休み」と書いていますが、今年は昨日から、お腹具合が悪くて、日曜休診なので、昨日土曜日、かかりつけの「安田クリニック」に行きました。(昨日のブログ休んだ言い訳〜😢)

 熱はないし、お腹の触診もしてくれて、「冷え」だろうという診断で、薬を2種類処方してもらって帰宅。妹が付き添ってくれて心強かった、という、新年早々、お目出たくない話ですみません。風邪気味なので、それも影響あるかも。何れにしても、83歳という年では、どっこも悪くない元気発剌!というわけにはいかないのかな。でも、精神はハツラツですので、ご安心ください。それにしても、元日からの新聞で、全く、ホモサピエンスの劣化はすごい勢いだなあと感じています。

 というわけで、朝からベッドでゴロゴロしていて、大好きなイギリスのテレビドラマ(「ミステリチャンネル」で、昨日1月7日から1月9日夕方4時過ぎまで連続放送)の「刑事フォイル」(アンソニーホロヴィッツ作)を見ていたら、その中で全くそうだねと思うセリフがありました。で、忘れぬうちにと、べッドから這い出して、パソコンに向かった次第です。

 時は、第2次世界大戦の最中、共に第1次世界大戦に従軍し、共に命からがら生きて帰国したた主人公(刑事フォイル)の友人が、現状を見て「人間なんてクソくらえだ。いつまで殺しあうのだ」と吐き捨てるようにいう場面がありました。その殺し合いが終わった1945年から、78年もたった2023年、その78年間、殺し合いは絶えることなく続いていて、現在もまだ続いている!「人間なんてクソくらえだ。いつまで殺しあうのだ」と地球上の人間以外の動植物が、叫んでいるでしょうね!

 話変わって、さっき庭に出てみたら、なんと、通常より半分の大きさに縮んだけれど、ルリトウワタちゃんまだ咲いていました。6日に3輪だったのに1月8日に新たに1輪増えていた!すごい生命力!ナオコばーちゃんも見習ってよ!と言われちゃったわ。


よく見ないとわからないかもね。

左上に1輪

真ん中に1輪とつぼみが開きかけている

一番下右側に1輪






2023年1月4日水曜日

NO.758〜2023年1月4日(水)〜今年はどんな年になるのか〜

 🌻 いったい今年はどんな年になるのか。「良いお年」になどなりはしないだろうと、悲観論者の私は、気が重い。

 今日の朝刊1面見出しは、

毎日「平和国家はどこへ3〜反撃能力乏しき信念」「首相、総裁選にらみ発信」「安倍周辺 働きかけか」ほか。

東京「給食無償化 4区市『前向き』」「新年度物価高影響15区市『予定なし』」ほか。

 1年前、2022年のブログを見ると1月12日に・生まれて初めて「帯状疱疹」の診断で投薬。その後かなり悩まされている。今年はなんとか元気に冬を乗り切りたいものだ。それにしても、毎日新聞が言うように「平和国家はどこへ」行くのだろうか。

 前にも書いたかと思うが、1939年「第二次世界大戦」勃発の年に生まれ20××年「第三次世界大戦勃発の年に死ぬなんて、洒落にもならない。ごめんだね!

 


 

 

2023年1月2日月曜日

NO.756〜2023年1月2日(日)〜新聞はお休み〜

 🌻 きょうは朝から、きのう頂いた賀状へのお返事書き。というか、お返事として、昨日のブログをプリントして、封書で投函しました。皆様、年賀状ありがとうございます!若かりし頃出会った、生徒さんたちには、現在の白髪頭のおばあちゃんの写真をお送りしようかなと思ったのですが、適当な写真がなかったので、今回は、パス。83歳の白髪のばーちゃんを想像してくださいね。今のところ腰は曲がっていませんよ(😃)


去年の1月2日のブログを見たら、沈丁花の蕾の写真が載っていました。で、きょう裏庭に出てみたら、沈丁花のつぼみがチョッピリ色づいていました。それから、月桂樹。数年前にあまりに大きくなったので、根元から10センチくらいのところで切り倒したのですが、現在再び、私の身長の2倍ほどに伸びています。植物の力はすごい!月桂樹を料理に使うといいのでしょうが、私は残念ながら、もう料理はしません。あまりに瑞々しい緑の葉を見て写真を。というわけで、今日の写真は、沈丁花の蕾と月桂樹の葉それからオマケに、玄関にかけてある掛け軸。以前はお正月に2階の和室の床の間に掛けましたが、今は常時玄関の壁にかけています。





2023年1月1日日曜日

NO.755〜2023年1月1日(日)〜新年のご挨拶〜

🌻 2023年が明けました。午前中にたくさんの方からの年賀状をいただきました。ありがとうございます。83歳独居老人が30人近い方から年賀状をいただけるとは、本当にありがたく幸せなことです。私からは、昨年同様、年の初めのご挨拶をブログで申し上げますことお許しください。おかげさまで、元気です。ブログもなんとか2021年2月17日から今日まで、続いております。今後ともよろしくお願いします。

  🌻まずは去年の1月1日の写真から🌻

 6時1分、二階の窓から東の空を見たら、善福寺緑地公園の森の向こうに月齢27.6の月がきれいに見えました。こんな月を見たのは初めて!

 それから1時間11分後、7時12分同じ窓から初日の出を。

以上は、去年の1月1日。

🌻 さて、2023年1月1日の写真を上から順に。日の出を2階から(シャッターを切ったのは7時15分)。庭に出て眺めていたら、雪柳の枝先に白いものが一つ。よく見たらなんと開花第1号!びっくり!もう一つびっくりしたのは、ルリトウワタの最後の2輪を昨日も載せたのに、なんとなんと、少し離れた枝に新たな花とつぼみを発見!本当にびっくり!「あなたの目が悪いのよ」とルリトウワタちゃんに叱られたわ。まあ、とにかく驚きました!
次は玄関の温度計。日の出の時刻に玄関は7度ね。
最後は夫のお仏壇の様子。一人で除夜の鐘を鳴らした薬師寺の白鳳の鐘のレプリカ。
 
                                                                        




そうそう、余談ですが、今年は私の干支。うちは夫婦共卯年。
夫が存命なら今年1月7日は96歳。私は11月26日に84歳。

2022年12月31日土曜日

NO.754〜2022年12月31日(土)〜今年最後の「一寸先は闇」です〜

🌻 去年の大晦日のブログから 🌻

日本をはじめ世界中でホモサピエンスの黄昏を感じる出来事が続いた2021年もあと数時間。去年の大怪我の後遺症もなく、親族や友人やご近所のみなさんに支えられて、なんとか元気に新年を迎えられそうです。皆様ありがとうございました。来年もまたよろしくお願いいたします。暮れのうちの年賀状は数年前からやめました。あす、ブログで新年のご挨拶いたします。(ここまで去年の大晦日のブログ)

 さて今年はと2022年を振り返ると、去年より一層ホモサピエンスの劣化、黄昏を思うことしきりです。なぜ、人類が延々と築いてきた歴史から、そのよき成果に学ばないのか。歯ぎしりする思いです。もっともわからないのはなぜ、戦争をしたがるのかということ。武器商人を喜ばせるだけのために、貧乏な国民から税金を絞り上げ、「防衛費」と言いくるめて「戦争準備」にのめり込む。前にも書きましたが「核兵器」が山積みのこの地球で、戦争に勝利するなどということはない!!!核戦争の勝利者などいないのだという現実をなぜ「見て見ぬ振り」をするのか。まさか、核戦争で日本だけは生き残るなどと「ど阿呆な血迷いごと」を信じているのではないだろうね!とにかく戦費はいらない。自然災害から守る、地震や津波や台風や大雨、大雪などなど自然災害から守り、万一災害が発生したら、一刻も早く復旧するための災害対策費をどーんと用意せよ。戦車やミサイルや戦闘機や航空母艦などなど戦争の道具は必要ない!国会議員にボーナスを配るなどという厚顔無恥な政策は即刻やめて、すべての国民が笑顔で新年を迎えられるような政策に頭と金を使え!

83歳歯のない独居老人の、歯ぎしり、遠吠え。(ここまでは今朝の投稿)


 (ここからは昼過ぎの投稿)

2022年の締めくくり。今日の朝刊1面の見出し。      

  毎日→在日米軍に統合指揮権案

     ハワイから横田へ

     自衛隊と連携

     サッカーペレ氏死去

     82歳「王様」w杯3度制覇

     法の裁き 癒し・無念残し

     カンボジアの特別法廷

     虐殺遺族らの思い

  東京→ローン16・5兆円積み残し28年度以降

     防衛費5年43兆円 実は60兆円

     防衛省全体像示さず

    「王様」ペレさん死去 W杯3度優勝 

                          

 

    



  ルリトウワタちゃん来年までもつね。

上は昨日、下は今日、2022年12月31日の姿。

今、12月31日14時30分です。

NHKBSプレミアムで放送している映画「フォレストガンプ」を見ながらのブログ投稿。

けさ、50年ほど前からの歳若い親友が「手作りのおせち料理」を届けてくれました。幸せをかみしめています。

皆様のご無事を祈りながら今年最後のブログを終わります。

なお、新年のご挨拶は明日、1月1日のブログで。


2022年12月30日金曜日

NO.753〜2022年12月30日(金)〜パッとしない東京の空〜

 🌻 昨夜8時頃には、月齢6日の月と木星が寄り添って輝いていたのに、現在の空は雲が広がっている。今夜8時の東京の空は、やや西よりの南に月齢7日の月と隣に木星が、さらに天頂近くには火星とすばるが見えるはずなんですが、どうかな。年の暮れ、世界中でひどい話ばかり。

ルリトウワタちゃん2輪は、このまま年を越しそう。今日明日のどこかで、金柑を収穫しないと、鳥たちにやられちゃうかも。何とか頑張って収穫しないといけないな。

(ここまで正午過ぎに投稿)





2022年12月29日木曜日

NO.752〜2022年12月29日(木)その2〜去年の12月29日のブログ再掲〜

 🌻 今日2回目は去年の今日のブログ再掲です。このところ1年前のブログ再掲が多いのですが、12月29日という日は、私にとって長い人生のなかでも忘れえぬ日ですので、再掲します。ご勘弁を。

NO.384 (2021年12月29日)   29日という日

🌻 今日のブログは、全くの私事なので、申し訳有りませんが、私にとっては忘れられないことを書きますので、ごめんなさい。🌻

 * 1年365日ある中で29日という日は12回あるわけですが、私にとっては6月29日と12月29日は生涯忘れられない日になると思います。

 6月29日は、亡夫の命日。2004年6月29日、午後2時42分彼は息を引き取りましたこのブログの6月29日NO.165に 6月29日亡夫の祥月命日<風蘭忌>(没後17年)を書きました。

 そして今日、12月29日は、今から60年前の12月29日、私のその後の運命を決めた日なんです。 なんて、ちょっと大袈裟かもしれませんが、1961年12月当時、東京学芸大学4年生の私は、来年3月卒業のあと、どこでどのような人生を送ることになるのだろうかと、落ち着かない日々を送っていました。東京都の教員採用試験を受験していて一次試験(筆記試験)は受かっていたのですが、二次試験(面接)の結果が分かっていなかったのです。もし、不合格なら、信州の実家に帰って、ともかくなんでもいいから働かねばない。教員以外にできることなんてないのになどと、悩み多き日々でした。

 そして運命の日(な〜んて大袈裟かな)、12月29日、私と弟が暮らすアパート(4畳半一間、トイレもガス水道の台所も共同)に、速達が届きました。差出人は東京都教育委員会、震える手で開封すると「採用試験合格!」の通知!弟とビールで乾杯したのを覚えています。なんで部屋にビールがあったのかしら(笑)。(その弟は、都立高校の教員だった24歳の時、北アルプスの槍ヶ岳で病死してしまいました。)

 その日の日記は今も取ってあります。60年前、1961年12月29日、22歳の日記。

 街は、そして街行く人々は、年の暮れで忙しそう。毎日ノイローゼ気味だった私も、今日でそれから解放された。合格したのだ。東京の教員試験二次もパス!つきすぎている感じ。到底ダメだと諦めていた。すべてがこの秋、教育実習でご指導を受けたM先生のおかげという気がしてならない。15倍という競争率の教員試験に到底受かる気がしなかった。そんな悩みを話して相談した時に「どうしても成し遂げたいという執念の勝るものが勝つ。最初から諦めの気持ちでいたら受かるものも受からない」と言われた。その言葉に励まされて臨んだ結果だった。全ては先生のおかげだ。今年はもう、お会いすることもないが、3学期が始まったら、結果の報告に伺い、教師としてのありかたなど、いろいろお話を聞けると思う。

 今夜の星は一段と輝きを増している。私はこれで東京の公立中学の教師への道を進むことができるのだ。ほんとに夢のような気持ちだ。M先生!ほんとにほんとにありがとうございました。

* 82歳になった今読み返しても、当時の高揚感が伝わって来る。この結果がなかったら、私の今はない。どんな人生になっていたのかしら。

* じつは、この日から8年後30歳の私は、M先生と結婚したのです。運命というのは不思議なものです。そして、結婚から34年、2004年6月29日に、64歳の私は、夫となったM先生と永の別れをしたのです。6月29日12月29日私の忘れえぬ日。

🌻以上は去年のものですが、追記します。60年前の日記に、私はこれで東京の公立中学の教師への道を進むことができるのだ。と書いていますが、中学国語科の合格だったのに国語科の採用の口がかからず、新設の特殊学級なら採用するという話が来た時、特殊教育の免許も持っていたので、何であろうと働かねばということで、練馬区の某中学特殊学級教師になりました。その後も中学国語の採用の口はなく、小学校の免許も持っていたので小学校に移り、結局、退職まで小学校で過ごしたというわけです。🌻