🌻2025年2月24日午前5時57分の東の空、2階の窓を開けてパチリ。
右側の月齢25・4のお月様、見えるかしら。カメラマンの腕が良ければ、もっと見やすく 撮れるのでしょうが、残念。肉眼で見た夜明けの空と月は、言いようもなく綺麗でした!
ホモサピエンス社会は、相変わらず悲惨です。でも、空や雲や星や月、小さな草花の芽吹きは、ホモサピエンスたちの馬鹿げた行いを笑うかのように、日々美しい顔を見せてくれます。
今日も夜明けから、今現在(午後4時を回ったところですが)まで、東京の空は美しい。雪国の人々に申し訳ないと思いながら、夕月や小さな庭の可憐な花々を眺めている私です。
🌻 話変わって
東京新聞2月24日朝刊1面「2025年戦後80年」より
「東京大空襲 10万人の命が消えた日」
「黒焦げ」地獄語る
墨田の病院内遺構 戦災センターに寄贈
1945年3月10日、米軍による東京大空襲で被災した東京都墨田区の産婦人科病院に、80年近く焼けこげた状態で残っていた部屋の一部が、「東京大空襲・戦災資料センター」(東京都江東区)で保存されることになった。写真を載せられないのが残念。この紙面は保存しておきます。
私の生家は東京高田馬場で、3月10日のあとの5月26日「山手大空襲」で全焼。長兄と姉、父はたまたま家を離れていて、帰宅した時に家は全焼していたのです!その時、次兄はすでに学童疎開で信州の父の実家に疎開していました。2歳の弟と5歳の私も、3月10日の大空襲の後、母に連れられ、満員列車に乗って、信州の父の生家に疎開していたので、家は全焼しましたが、一家7人全員無事でした。その前後の話はいずれまた。