2023年7月6日木曜日

NO.912〜2023年7月6日(木)〜渥美清の句集〜

 🌻 渥美清が好きだった。「寅さん映画」は、テレビでよく見ていた。最近はテレビでも「寅さん映画」にはお目にかからないけれど、きょうの毎日新聞1面下の本の広告欄の最初(右端)に、寅さんの本が載っている、懐かしい!


🌻 確か買っていたよなと思って、書棚を探したらありました。2008年7月10日初版第一刷発行とあり、私が持っているのは、2019年6月10日第6刷発行の本です。本体1714円+税とあります。

今日の新聞広告では、価格1885円とあるので税込みでしょうね。

出版社は、大空出版、手元にある本と同じです。息の長い本ですね。

🌻 手元の本のカバーの帯に代表作が一句載っています。



  





お遍路が

一列に行く

虹の中



おまけの写真(7月6日写しました)
お判りでしょうか。
ルリトウワタの種が入った鞘ふたつ。
鞘がはじけると
中に綿に包まれた種がありますよ。
いずれ風に乗ってどこかに着地して、
また仲間を増やすのでしょうね。


2023年7月5日水曜日

N0.911〜2023年7月5日(水)〜えっもう5日なの!?😵〜

🌻 本当に😵(ビックリマークです)するほど時間が過ぎていく。この間7月になったばかりなのにもう5日!?ぼんやりすごしているせいかなあ。世の中は、そんなばあちゃんの嘆きをよそに、刻々と変化していく(悪い方にね!)。何年か後にどんな世界になるのかな。今日の毎日新聞夕刊『特集ワイド」懐かしい人(村上誠一郎さん)が出ています。愚痴を言うと、なんで紙面の写真をブログに載せるのは「著作権侵害」になるのかなあ。毎日新聞の宣伝になるのにね。というわけで、写真はダメなので書き写しますね。全文は無理だから、見出しだけ。

村上誠一郎元行革相 安倍氏一周忌前に物申す

国民窮乏 自民党は襟正せ

「改革をやっているふり」では見放される

全くその通りです。こういう人がいるのに、なんで、政権中枢にロクなのがいないのかね。国民も早く見放すべき。野党がダメ(そうかもしれないけれど)とかなんとか言いながら、自民党を選んじゃダメよね。自民党内部に、こういうまっとうなことを言う人がいるのは、羨ましいけれど、岸田内閣は、このありがたい忠告を聞く耳もたないんでしょうね。私の友人が、岸田の「聞く耳」は「馬の耳」だったんだねと言っていますが、まさに「馬の耳に念仏」ですね。

🌻 同じく、今日の毎日新聞夕刊「特集ワイド」右側の記事「今日も惑いて日が暮れる」吉井理記(東京学芸部の記者の記事)のタイトルは、「安倍慰霊碑」に刻む言葉。読み応えあります。

 慰霊碑が有志の手で、奈良市に建てられたそうです。そこに刻まれた言葉は「不動心」だそうです。安倍氏が好んだ言葉ですって。

 吉井記者は言います。『美辞麗句が刻まれた碑も結構だが、故人がもたらしたものは何だったのか、記憶に刻み、教訓とする作業が僕たちに必要だ。

 全くおっしゃる通りです。死んでしまえば仏様で、批判をしないというようなことでは、世の中は良くなりませんよね。安倍政治の流した害毒は大きいと私は思います。「こんな人たちに負けるわけにはいきません」と言い放ったのを忘れないわ。



2023年7月2日日曜日

NO.910〜2023年7月2日(日)〜マイナンバーカード〜

 🌻 私は持っていません。これからもカードを取得するつもりはありません。かかりつけの内科医に行ったとき「マイナカードは持ちません。これからも持つつもりはありません。今後、現在の医療保険証が使えなくなったら、区役所前に行って座り込みます。」と言ったら、受付にいた女性が「私も一緒に座り込むわ」と言って、二人で笑い合った。ともかく、なぜマイナカードを持たせたいのかわからない。現在起きている様々な問題を見ても、このカードを持たせたいのは誰なのか、誰が得するのか、全く理解できない。以前住民基本カードという問題が起きたが、その申込書がまだ、本棚に置いてある。申し込まないうちに、この制度は廃止された。申し込んだ人はどうなったのかな?とにかく行政(国でも市区町村でも)のやることは全くいい加減だ。しかし、誰かが儲かるに違いない。

 今日の東京新聞2面「核心」という記事の見出しは次の通り。

「廃止譲らず対応ちぐはぐ」

「政府『従来保険証も念のため持参を』」(大笑いだね!)

「マイナ当面トラブル継続認識か」

税金を納めている側が、その使い道について疑問を持ているというのに、現実に問題続出なのに、なぜ、止めようとしないのか。これほどの税金の無駄遣いはないが、儲かる輩がいることは確かだね。

🌻 同じく東京新聞の「こちら特報部」の今日の記事は、「精神科病院の身体拘束」を取り上げていた。この記事を読んで私は、61年前のことだが、大学新卒(22歳)の時から2年間、公立中学の当時できたばかりの「特殊学級」担任をした時のことを思い出した。1年生から3年生までの年齢の女男合わせて十数人の生徒をまとめて「特殊学級」という一つのクラスにして、二人の教師が担任するという仕組みだった。

 制度ができた年なので、何もかも手探りだった。ベテランの男性教師と新卒の私という組み合わせ。私は彼のやり方に全く納得できなかったが、従うしかなかった。一番嫌だったのは、目の前にいる十数人の生徒たちを人間としてみない彼の教育方針だった。「身体拘束」こそしなかったけれど、とにかく「この子たちが中学を出て社会で生きていくためには、厳しく躾けなくてはならない」ということで、詳細は省くがそれは「教育」ではなく「暴力」だった。その2年間の経験は、その後小学校の普通学級の教師になった時に大いに役に立った。まず教育の基本に「反管理、非暴力」を掲げた。(この話はいずれ詳しく書こうと思うが、今夜はここまでにします。)


2023年7月1日土曜日

NO.909〜2023年7月1日(土)〜戦争に突き進む日本!?〜

🌻 2023年7月1日土曜日

東京新聞朝刊12版 第28921号 1面の見出し

 戦闘機 第三国輸出で一致

与党が「三原則」緩和 論点案

日本の武器で戦争激化 懸念

マイナ また誤交付 別人住民票 富士通システム再停止


生きているうちに、このような見出しが新聞紙1面に踊る日がくるとは、夢にも思いませんでした。


      😠😠😠😠😠


同じく、今日 2023年7月1日の東京新聞24面の「再読 あの言葉」という記事。紙面を写真に撮って載せることができたらいいのに!それは、著作権侵害になるからダメと言われたので、本当に残念。元プロ野球選手で先月亡くなった杉下茂さんの言葉が載っています。その言葉とは、太平洋戦争に駆り出された経験を語った言葉。この新聞は保存します。その経験を杉下さんはこう語っています。

「おかしいことをおかしいと言えない空気が悲劇を生んだ」

現在は、言いたいことは何でも言える、しかし、憲法を踏みにじり蹴散らして、戦争に突き進むかのようなとんでもないことを言う政権党を国民の多くが支持している。

写真 今までと同じように、亡夫の命日に必ず届く桜井善作さんのお便りを供えました。


 
聞く耳は
馬だったかや
反平和

との一句が書いてあります。



2023年6月30日金曜日

NO.908〜2023年6月30日(金)〜今年も半分過ぎましたね〜

 🌻 私は現在83歳も7ヶ月過ぎ、あと5ヶ月でめでたく満84歳(に、なるかな?)というところです。

 きのうは、亡夫の命日に関して、皆様からたくさんのお心遣いをいただき、ありがたく思っておりましたところ、きょうはさらに、20代の頃、職場で出会ってそれ以来の大切な友人から仏前へのお供えにとフルーツゼリーが届き(先日、帝国ホテルのスープセットをいただいたのに、2回目なんです!)、ありがたくまた申し訳なく思っています。また、毎年必ず、夫の命日に手紙を下さる私たち夫婦の共通の友人(男性1934年生まれ、在宅でお連れ合いの介護をされている)からの手紙も届き、仏前にお供えしました。フルーツゼリーとお手紙の写真を載せます。亡くなって19年にもなるのに、こんなにたくさんの方から思い出していただき、感謝感激です。心からお礼を申し上げます。












🌻 19年前2004年は、どんな世の中だったかと思い出しています。検索したところ、2004年の「今年の漢字」は「災害」の多い年だったので「災」になったんですって。私の人生にとって、最も悲しい年だったんですが、その年の漢字が「災」だったとは。「災害」の中でも「新潟中越地震」「浅間山噴火」など。また台風も10個上陸し、各地に大きな被害をもたらしたとのこと。私自身は夫の死と、その後にしなくてはならないさまざまなことを進めるのに無我夢中で、世の中の出来事についてはほとんど覚えていません。今、検索してみて、ああそんなこともあった年だったのだなと改めて頷いています。でも、一番思うことは、64歳の私が83歳になったんだということ。30歳で結婚して共に過ごした34年、そして一人になって19年。共に過ごした日々の半分以上の時間を一人で過ごしてきたんだと思うと感慨深いものがあります。 この先、どんな人生が待っているのかわかりませんが、あちらで彼と再会した時に、胸を張って報告できるようでありたいなと願っています。

2023年6月29日木曜日

NO.907〜2023年6月29日(木)〜風蘭忌(亡夫の命日)②〜

 🌻 朝早く、妹が来てくれました。そのあと娘の連れ合い「てっちゃん」が、そして、昼前に亡夫の従妹のセッちゃんが来てくれました。夕方は娘が、新車に乗って来てくれました。まあ、亡夫の19回目の命日は賑やかでした。私の友人二人からの贈り物も。では、賑やかなお仏壇と、娘からの豪華なお花をご覧ください。

左は

もも

さくらんぼ

もなか



帝国ホテルのスープ
                  
  娘からの豪華な花束 と プリン

そして、きょう庭で見ることができる花たち。



ヤブカンゾウの最後の花














             カタバミ、まだ咲いている






          
       風蘭、今年は花が少なかった

南天の花は盛り、ヤブミョウガが咲き始めました




紫陽花は最後ですね



NO.906〜2023年6月29日(木)〜かなり認知症に近い私!?〜19回目の夫の命日(風蘭忌)の朝〜

!26日27日28日と3日も休んだなんて!ひどい話!!!やっぱりボケた!

😢 時々、以前のブログを読み返す。今朝、6月29日(木)、今日は亡き夫の命日。2004年6月29日午後2時42分。私と娘がベッドの両側で、それぞれ彼の手を握って話しかけているその時、すーっと息を引き取った。薬が効いていて、穏やかに眠っているように見え、酸素吸入をしている口元の風船の動きが呼吸の印だったが、その風船が静かに止まった。息をひきとるという言葉を、私は初めて「実感」した。

 2000年年末、夫は2001年から始まる分厚い5年間日記帳を購入し、2001年元日から書き始めた。それは、2004年4月29日で終わっている。この間毎年のように入退院を繰り返していたが、小康を得て退院し家に戻った時には、日記を書いていた。

 私はその日記帳をべッドサイドに置き、目覚めた時や寝る前に、今日は彼が何を書いていたのかなと読み返す。

 2004年4月29日の日記。

 「はれ、ナオコ今年も庭仕事。ナオフミは久しぶりにひなたぼっこ。風はあるが日ざし快い。イシイ夫妻、陽気の中を散歩途中立ち寄り、お昼をいっしょに。夕方、トモコ自転車にチナツを乗せて来る。

 欄外に赤いボールペンで書いた私の字で「直文最後の日記」とある。亡くなるふたつき前だ。これを書いた時、彼は、自分がふたつき後にこの世に別れを告げるなどとは夢にも思わなかっただろう。19年後の今でも、読むたびに涙する私です。

 今日のブログのタイトルに「かなり認知症に近い私」と書いたのは、とにかく物忘れがひどくなったという自覚によります。このブログも、何回も読み直し、書き直して「これでいいな」とアップ(公開)するのですが、何日か経って読み返すと、必ず誤りを発見する。まったく恥ずかしい。だから、最初にアップしたものを読まれた人は、のちに再度読まれた場合、あれ?と思うかも。スミマセン!

 今日、6月29日、2004年に亡くなった夫の19回目の命日ですが、以前のブログを読み返すと間違い(内容の間違い表記の間違い)がどっと出てくるかも。怖くて読み返せないと思いながら、今朝4時半頃から読み返しています。「校正」係の人の苦労が偲ばれます。今、2023年6月29日午前7時過ぎ、ブログ点検はひとまず終わります。多分、夕方か夜、再度お目にかかります😢