2021年6月14日月曜日

142.141の続き 辺見庸著<コロナ時代のパンセ>より(248ページ〜249ページ)

(248ページ4行目から)

    現在の コロナ禍をめぐる情勢を1930年代と比較するのは筋違いだろうか。いや、これは杞憂でも思いすごしでもない。わたしもわたしの父祖たちも「未曾有の危機」と呼ばれた各時代とその風景を多少なりとも目撃してきた。ではわれわれはなにを学んだのか。こう言うのにはいささかのためらいもないではないが、人間社会は一般に危機に学びはしないものだ。そのことをこそ、わたしはとくと学習してきた。

 では、今後になにが起きるのだろうか?まちがいなくやってくるのは「危機の日常化」「社会の全体主義化(ないしその傾向)」であろう。わたしたちは、哀しいかな、なににでも慣れる。2020年度の日本の軍事予算は5兆数千億円であり、6年連続で過去最高を更新している。この半分でも新型コロナ災害緊急対策費や貧困患者救済に充てるという発想は、現在の政権政党には皆無である。

 退役するF2戦闘機の後継戦闘機については、初期設計費111億円、自衛隊最大の護衛艦「いずも」の航空母艦化用改修費も惜しみなく計上されている。次期戦闘機は「将来の戦闘の中核」と位置づけて、「空対空」戦闘能力の向上をはかる方針なのだという。

えっ、あなたがたは本気で戦争をやる気なのか?正気か?

 戦闘機のエンジン性能や航続距離、ステルス性といった設計費のほかに、将来のコンピューター・システム構築のための研究費なども含めると、関連経費だけでも約280億円になるとか。もっとある。航空自衛隊に「宇宙作戦隊(仮称)」を新設し、宇宙状況監視(SSA)衛星の整備費など数百億円を計上。陸海空共同の「サイバー防衛隊」増強費も盛りこんでいる。

これでは平和憲法も9条もあったものではない。

 くどいようだが、今回初めて導入する最新鋭ステルス戦闘機F35B6機は、たった1機で793億円。これでマスクが何枚買えるか。病棟をいくつ作れるか、瀕死の患者たちを何人救えるか。

 戦う前から、人類は新型コロナがもつ毒性の狡智に負けているのだ。それは軍拡競争に狂奔してきた人間世界の暗愚と倨傲(きょごう)への痛烈な警告とも思われてならない。引用終わり)

* 以上の論考が書かれてから1年と2ヶ月余り経った現在この論考は胸に迫る。結びのことば、「軍拡競争に狂奔してきた人間世界の暗愚と倨傲への痛烈な警告」は、まさにその通りと思う。