2021年6月19日土曜日

151.2004年6月19日(土)を思い出している

2004年6月19日の日記を読み返している。

 17年前2004年の今日6月19日も土曜日だった。日記には「夫が自分の家で暮らす最後の日」とある。国立国際医療センターから自宅に戻って、往診を受けていたが、がんの痛みは往診ではとても手当はできず、明日20日は、かねてお願いしてあったホスピスに入院する予定。夜、夫は意識朦朧としている中でただただ痛みを訴える叫び声をあげ続けていたが、そばにいる私はどうすることもできなかった。と書いてある。

あくる日、6月20日朝、いくらか落ち着いて、痛み止めの薬を飲ませた時、吸い飲みでリンゴジュウスをほんのひと口飲んだ。それは、夫がこの世で最後に口にしたものだった。昼前、寝台車で入院。夫は意識なく、薬で眠っていた。

深夜(もう21日になっていた)病院から電話があり、痛みがひどく、点滴で入れている痛み止めの薬を強くしたいとの電話があった。本人の最後の願いは痛みを取ってほしいということだったので、承知した。明け方駆けつけた時、薬が効いていたのか穏やかに眠っていた。

それから10日、いつも傍目には穏やかに眠っているようだったが、目を閉じ意識はなく、痛み止めの薬と酸素によって、心臓と肺が動いているのだった。夫の寝息だけが聞こえる静けさの中で、医師から聴覚は最後まで働いているので、話しかけてあげてくださいと言われ、42年の二人の人生のあれこれを話しかけた。握った手は温かかった。

急に酸素吸入の風船の動きが止まって、駆けつけた主治医や看護師が見守る中、夫は静かに旅立っていった。私はこの時初めて「息をひきとる」という言葉を実感した。2004年6月29日午後2時42分、本当に夫は最後の息を自分の身に引き取ったのだった。

今日は2021年6月19日、10日後6月29日はどんな日になっているのか。一寸先は闇かその先は光か、誰にもわからない。17年前、夫婦の墓所を東京高尾に決め、祥月命日前後にはお墓参りをしてきたが、今年は多分家のお仏壇を拝むことになるだろう。29日には風蘭も満開になるだろう、なってほしいと願っている。