2022年6月4日土曜日

NO.556〜2022年6月4日〜石牟礼道子さん(東京新聞今日の朝刊28面)

🌻 世の中のあれこれからは、しばらく離れてと先ほどの投稿に書いたけれど、これだけは書いておかないといけない。今日の東京新聞朝刊28面「再読 あの言葉」。(文化芸能部の記者、中村陽子さんの署名記事)2013年3月30日夕刊に掲載された、石牟礼道子さんへのインタビュー記事の再掲。9年前の記事だ。東京新聞は購読していたが、この記事については、申し訳ないことに記憶がない。今日の記事を読んで、改めて石牟礼道子さんの偉大さを思った。この記事のタイトル『近代化ろくなもんじゃなかった』は、本当にそのとおりと思う。今、ますますその感を強くする。写真では読みにくいと思うので、タイトルの言葉が語られた部分を、抜き書きします。(昨日投稿しなかった分、今日は3回も顔をだしました)

 なお、石牟礼さんは2018年2月10日(この記事のインタビューから5年後)、90歳で死去。

🌻 まず、この記事を再掲する意義について東京新聞は次のように述べています。🌻

(以下、記事の抜書き)

「経済優先の社会が新型コロナウイルスの感染症に翻弄される状況を、作家の故・石牟礼道子さんが見たら何を考えただろう。熊本県の水俣で育った作家は、半世紀にわたって水俣病の被害者に寄り添い、代表作「苦海浄土」ほかでその苦しみを伝えてきた。水俣病が正式確認されて66年、社会が災禍に遭うたびに石牟礼さんが記した豊かな言葉が現代を問い直すきっかけになってきた。2013年の本紙インタビューを読み返し、思いを巡らせたい。

<作品から共通して伝わるのは、自然とともに生きる人間本来の姿だ。同時に、人を幸せにすると思われていた近代化が、まったく逆の結果をもたらした現実について、鋭く問いかけている。

「村に電気が来たのは子供のころでした。全戸いっせいに、かさもない裸電球がともり、わあっと声があがったのを覚えています」。しかし、その後進んだ社会の近代化は「ろくなもんじゃなかった」と言い切る。「徹底的にぶちこわして、立て直さなきゃと思わなくもない。ただ、これほどまでに落ち込んだ日本は、果たして蘇生できる力が残っているのか」

 社会のひずみはなぜ生じたのか。原因は、経済成長に偏重した政府の政策にあるとみる。

「チッソが排水で流した有機水銀が原因であると分かってからも、長年、止めずに流し続けたんです。それによって、患者は増え続けた。チッソの幹部や国は、知らなかったはずはない。今、また政府は言っていますよね、経済成長って。また、ろくなことにならんのじゃないのかって思います。」

 一昨年の福島第一原発事故後、政府や東京電力のとった対応は、当時の水俣をめぐる状況と重ねて語られることが多い。石牟礼さんの発した問い掛けは、ますます重みを増している。

「同じようなことをやりよるなと思いました。国は水俣病を、もう済んだことにしてしまった......。書きたいことは、まだ無限にあります。伝えるために書いてきました。後世にまで、呼びかけたいです。」