2021年8月6日金曜日

NO.215 8月6日 広島に原爆投下から76年

💐 せっちゃん便り 💐

火垂るの墓の節子 4歳、死んだ女の子 6歳

 私は、当時、5才でした。

青春時代、歌声運動で、歌った、トルコの、詩人、

ナジム・ヒクメットさんの、死んだ女の子の、1.2番を、記して、

反戦を誓い、平和を祈ります                                                                                          

1 扉をたたくのは  あたし                                  

   あなたの胸にひびくでしょう                                 
  
 小さな声がきこえるでしょう                                                            
  
 あたしの姿は みえないの                           

2  十年前の夏の朝
    
   あたしは広島で死んだ                                            
 
  そのまま六つの女の子                                      
  
  いつまで たっても 六つなの                                  

1950年、ナジム・ヒクメットさんのは、世界平和賞を、受賞されています。

死んだ女の子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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死んだ女の子』(しんだおんなのこ、原題:Kız Çocuğu)は、トルコの詩人ナーズム・ヒクメットが1956年に発表した詩である[1]広島市への原子爆弾投下により死亡した7歳の少女を題材とした本作は各国で訳され、1970年代には世界中で歌われるようになった[1]。日本では中本信幸など、複数の翻訳者によるバージョンが存在している[2]。原題の Kız Çocuğu は、トルコ語で単に「少女」を指す言葉である。

本項ではいくつかのバージョン、およびそのカバーについても解説する。

高石友也は1967年に発売された『想い出の赤いヤッケ 高石友也フォーク・アルバム』の中で、外山雄三が作曲したバージョンをカバーしている[2]

元ちとせも同じ作曲者によるバージョンをカバーしており、坂本龍一プロデュースの元、本楽曲は2006年に期間限定でデジタル配信され、収益金はユニセフへ送られた[2]。2006年にリリースされたアルバム『ハナダイロ』の初回限定版にボーナストラックとして収録されている。また、映画『キャタピラー』の主題歌にもなった[2]。2007年8月5日には、NHKの特別番組『夏うた2007』の一環として、広島市の原爆ドーム前で歌った[2]。のちに本楽曲は単独でiTunes上に配信され、2015年に発売されたコンセプト・カバーアルバム『平和元年』にも収録されている。

別の作曲者・翻訳者によるバージョンは "I Come and Stand at Every Door" として知られており、バーズが1966年に発表した『霧の5次元 (Fifth Dimensionにて「死んだ少女」という邦題で、ディス・モータル・コイル英語版が1991年に発表した "Blood" にて、ピート・シーガーが1999年に "Headlines and Footnotes: Collection of Topical Songs" でそれぞれカバーした[2]